<クローズアップ>外国人初「金塔産業勲章」前田東レ名誉会長

<クローズアップ>外国人初「金塔産業勲章」前田東レ名誉会長

2005年06月13日12時46分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「私は20年間職員の雇用を守りました」--。

  日本最大の化学繊維会社の東レの前田勝之助名誉会長(74)は減員をしない経営者として知られている人物だ。

  昨年、経営の一線から退いた前田氏に「最後まで」その原則を守ったのか尋ねた。

  前田氏は1985年東レ役員になり87年、社長に就任した。最高経営者になって以降、1度もその原則を破ったことがないという。

  「だが『雇用を維持する』という話はそれまで一言も言ったことがない」とし「『雇用を守る』ということは職員個人の働き口を守るということだ」と説明した。

  構造調整で余る人材が生じれば無条件これらを引き連れていくのではなく、一部は子会社に送り、退職を望む人には新しい職場をあっせん、転職訓練をさせるというやり方で職員らの働き口を維持してきたと説明した。

  前田氏は10日、韓国政府から外国企業人としては初めて金塔産業勲章を授与された。

  63年、韓国ナイロン(株)にナイロン製造技術を移転したことを皮切りに、99年5億ドルを投資しセハンと共同で東レセハンを設立するなど、資本投資および技術移転、共同研究を通じて韓国産業発展に尽くした功労を認められた。

  この日、ソウル新羅(シンラ)ホテルでのインタビューで前田名誉会長は「42年間の韓国投資を高く評価してくれてうれしい」と述べた。東レは韓国で東レセハンをはじめとし、三星(サムスン)電子との合弁会社のステコ、三星電気との合弁会社のステムコなど6社に投資し、全4500人を雇用している。また東レは(株)コーロンの持ち株10.29%を保有し、イ・ウンオル会長一家(16.54%)に続き2大株主だ。

  東レはなぜ起業するのが難しいという不平があちこちから出される韓国に投資しているのか。前田氏は「韓国に投資するときは日本国内に投資するのと同じ感覚だ」と述べている。原価競争力レベルで投資しているほかのアジア国家とは違うという説明だ。

  「韓国は人材が多く、新製品開発能力もあります。 それで東レの輸出基地として非常に意味のある所です。一部電子素材産業は韓国で需要が非常に多く、韓国に生産工場まで建設しました。 遠くを見て投資しただけに韓国に根をおろしたいです」

  また前田氏は「立派な大企業と国際的感覚をもった経営者が多く、韓国経済の見通しは明るい」と話している。

  「世界の工場」中国により苦戦を強いられている韓国化学繊維産業に対しては「5年前、日本も今の韓国と似ていたとし「日本の事例を参考にして政府と業界が力を合わせて勝ち抜かなければならない」と助言した。

  東レをはじめとする日本繊維産業も80年代中盤以後、円高の直撃弾を受けた。そのとき前田氏は当時の常識だった「脱繊維」を受け入れなかった。そして「繊維産業が日本では成熟産業だが、世界的に見れば成長産業」とし、繊維事業のグローバル化を積極的に推進した。同時に医薬、医療、電子情報材料など先端事業方向に領域を広げた。

  前田氏は当時「東レは人にたとえれば慢性糖尿病と急性肺炎を一度に病んでいるのと同じ深刻な状態」とし「大企業病」にかかった職員らの意識改革も促した。

  新しい事業領域を開拓して役職員を1つに統合した結果、東レは97年に連結売上1兆円の大企業に成長した。

  しかし東レは2002年3月、創業以来初めて営業赤字を出した。米国経済の下落傾向、中国産低価品攻勢、日本の金融不安などで事業環境が悪くなったためだ。

  97年代表理事を後任に譲り、会長に退いた前田氏は、その年5年ぶりにまたリリーフ登板した。奇しくも前田氏を呼んだのは労組であった。 労組は会社の未来のために前田氏に最高経営者(CEO)に復帰し、東レを再建させてほしいと懇請した。

  「帰ってきた会長」前田氏は、経営改革プロジェクト「NT(ニュー東レ)21」を押しすすめ、結局成功した。前田会長は経営者の重要性として「リーダーシップ」「先見の明」「バランス感覚」を挙げた。

  前田名誉会長は56年、東レにエンジニアに入社、50年近く同じ職場に勤めた。 韓日経済協会副会長、経団連常任理事、アジア化繊連盟名誉会長などを担う日本財界の大物だ。
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