【社説】日本にまた賠償を要求するのか

【社説】日本にまた賠償を要求するのか

2005年03月01日20時08分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が三・一独立運動記念式典の演説で「日本は賠償することがあれば賠償しなければならない」と明らかにした。 日本植民地支配下の徴用など被害者への補償金が個別的に伝えられなかったという事実に対する問題提起のようだ。

  1965年に締結された韓日基本条約で、両国は植民地支配による被害補償を「請求権」の概念で締めくくることに合意した。 協定文は「…協定の成立時に存在する両国および両国民の財産と両国及び両国民間の請求権に関する問題は…完全にそして最終的に解決されたものとする」と書かれている。 当時の政府が交渉をうまくやったかどうかについては、意見はまちまちである。 経済発展の土台を築いたという前向きな評価と、わずかな金で日本に免罪符を出した拙速交渉だという否定的な評価が共存している。

  われわれは、盧大統領の賠償金問題提起が仮に妥当性を持つとしても、すでに両国が国家的に決着をつけた問題をまた提起できるのかについて、議論がなければならないと考える。 その当時の協定が、われわれの意思とは関係なく強制的な不平等条約だったのならともかく、そうでない場合は国家間で結ばれた協定や条約は守られなければならないからだ。 政府は永続性があるものだ。 政府が代わったからといって「違う声」を出せば、相手国はもちろん、国際社会はわれわれをどのように見るだろうか。

  盧大統領は「過去の問題を外交的争点にはしない。この考えには変化はない」と言っており、紛らわしい。 賠償問題を提起する発言をしながら、過去の歴史を外交争点にしないと言うのは、一体どうすることなのか分からない。 このため、賠償関連発言は「国内用」という言葉までも出てきている。 盧大統領がこうした紛らわしいメッセージを送るのは、韓日関係にも国内的にも望ましくない。

  盧大統領が、植民地支配下の強制動員被害者に対する政府レベルの補償を積極的に推進すると明らかにした点は望ましい。 どんな方法であれ、補償は行われなければならない。
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