【中央フォーラム】日本の時代遅れの対北認識

【中央フォーラム】日本の時代遅れの対北認識

2004年10月04日16時46分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  最近、世界中で「国家安保」という言葉が流行している。 さながらあらゆる政治・外交議題が、この「国家安保」の下位概念であるかのようだ。 冷戦終結後、イデオロギーが対立する時代は終わりを告げ人々は「歴史の終えん」を声高に叫んだが、現実は平和より「テロとの戦争」「安保の不安」が、冷戦時よりもむしろ日常化している気がしてならない。

  このような状況の中、韓半島では依然として冷戦が終結しておらず、北朝鮮の核問題と経済崩壊による体制不安が続いている。 したがって韓国の政治が「国家安保」を重視するのは当然であろう。 もちろん「国家安保」の概念が日常社会を支配している国は、韓国だけではない. 9・11テロ事件以降、米・英・ヨーロッパをはじめとする全世界が「国家安保」が日常的な概念になりつつあることを経験している。 米国の対イラク戦争、イランと北朝鮮の核に対する米国や国際社会の憂慮・圧力は、すべて「国家安保」ないしは「世界安保」という「共同の善」の名目で行われている。

  第一次世界大戦以降「民族自決主義」を主張したウィルソン大統領の理念は、グラナダやコソボの戦争で脅かされ、アフガニスタンやイラクの戦争によって完全に消滅したという主張もある。

  しかし現在、世界に占めるに単一民族国家の割合は10%にも満たない。 アフリカでは1000余りの民族・部族があるが、独立国家としては約50カ国に過ぎない。 このため民族や国家主権の概念も、より大きな共同体の概念で見れば、十分に下位に属し得ると主張する声もある。 国内での暴力や大量破壊兵器の開発が、その地域の平和を破壊する水準になった場合、国際社会はまず「制限的経済措置」を開始し、その後「制限的介入」「主権への国際的多数主義による介入」「侵攻」といった手続きに発展する。 イラクに対する手続きが、これに似たケースといえよう。

  最近、米国議会が直接本会議に法案を上程するという「ホットトラック方式」で立法化した「北朝鮮人権法」への懸念は、まさにこのような「制限的介入」による国際的制裁のメカニズムが、立法化を機に動き出すのではないかという点にある。

  「北朝鮮人権法」の発効を前に日本の新任外相は、北朝鮮に対する人道的コメ支援を保留させ、経済制裁などを行う可能性もあることを示唆した。 拉致被害者問題を抱えている状況を理解しても、日本のこのような態度には非常に失望している。 日本が国内政治に気をとらわれ、北東アジアの行き詰まった状況を打開する勇気を失っているという感じを受ける。 一部では、米国のブッシュ政権が「ネオコン」に操られたように、日本が北朝鮮問題を国際的な「制限的介入」のメカニズムに持っていこうとする勢力に掌握されているのではないかと憂慮する声もある。

  日本は現在、国連安保理の常任理事国入りを推進している。 だが、安保理の常任理事国になるということは、韓半島有事の際には自動的に韓半島問題に介入し、戦争や信託統治などの重要事項についての決定権を持つことを意味する。 日本が過去の歴史問題についてしっかり反省せず、北東アジアの安定と和解協力という重要な問題について独自の意見を述べることもできないでいる状況で、かつこの地域の緊張を高める政策を自分で行っておきながら、常任理事国入りを希望するということは全く理が通らない話だ。

  日本国内の右翼政治家の間違った歴史認識は、麻薬のように刺激的なのか知らないが、長期的には日本の世界的な評判と北東アジアでの指導力を失墜させるだけだ。 日本の政治家は、時代遅れの「古い概念の監獄」から脱出すべきだ。 そうすれば、未来志向的になり、新しい北東アジアの時代をつくる「自由民主」の力が強まる。
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