【社説】真相糾明するものの分裂と対立へ進まないようにすべき

【社説】真相糾明するものの分裂と対立へ進まないようにすべき

2004年03月03日18時09分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  親日・反民族行為に対する糾明作業が本格化するようになった。半世紀が過ぎても「親日清算」をめぐる議論が広がっている現実が、残念に思えるものの「歴史整理」との側面から、経なければならない作業と思われる。すっきりする糾明が行われ、歴史的な残滓を払しょくする契機にすべきだ。

  1949年に反民族行為特別調査委員会(反民特委=日本植民支配時代、日本に協力し反民族行為を行った人を処罰するため制憲国会内に設けていた特別委員会)が解散されて以来、韓国社会は同問題で、あまりにも長い時間にわたって消耗的な論争を繰り返してきた。

  歴史上の罪を処断することで国家の綱紀を確立すべきとの主張と、実効性・公正性に問題が多いとの反論が、激しく対立してきた。そうした点から、今回の作業が、長い間の議論に終止符を打ち、対立を縫合する方向に進まなければならない。以前のことを暴露し非難する過去志向的なものになっては決してならず、未来志向的な大統合を原則にすべきだ。

  状況は、楽観的ではない。真相究明法をめぐって「中身がなく親日人物に免罪符を与えるための法律」だとの批判と「政治的に悪用される素地がある」との反論が衝突している。過去を整理するといって、葛藤だけを増やし、もう一つの分裂の種にするようなことがあってはならない。どんな名分も、未来へ向かう韓国にブレーキをかけることはできないからだ。

  こうした事態に備えて、審査基準の合理性と歴史解釈の柔軟性が求められる。ある意味では、海外の独立運動家を除いては、韓国内に残っていた人々は、直接・間接的に「親日」から自由ではない。日本植民支配時代の暴圧統治という時代的状況を無視したまま、いくつかの「親日的言行」だけを問題視するならば、これは正しい評価とは言えない。

  不可避に行った消極的加担者と立身出世のための積極的な加担者は、区別されるべきだ。歳月が流れて対象者らのほとんどが死亡した状態であるため、一部資料にだけ依存せざるを得ないとの限界も認めなければならない。

  こうした作業が静かに進められることを期待したい。今後、任命される9人の委員は、開かれた姿勢で臨み、知恵を絞り出さなければならない。また、親日をめぐる是非と関連し取りあげられている当事者らは、真相究明を無条件批判するよりは、過去の過ちを自ら認め、謝罪することで、対立を治癒するのに率先すべきだ。
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