【噴水台】バンダリズム

【噴水台】バンダリズム

2003年12月16日20時45分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
comment
0
share
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixi
  「ソロモン寺院の門を通り過ぎる際、我々は馬に乗ったまま膝まで達した血の河を過ぎた。寺院は長い間異端者から不敬な冒とくを加えられてきたため、まさにその場所を異端者どもの血で満たしたことは、神の偉大な審判以外の何者でもない」--。1099年7月15日、エルサレムを占領した十字軍が、7万人のムスリムを殺りくした現場での記録だ。ソロモン寺院は、キリスト教とイスラムの両方が聖地として崇めるエルサレムの心臓部。キリスト教徒にとっては、ソロモンが建てた聖殿のあった所、アブラハムが息子イサクを祭物として捧げようとした場所として大切だ。ムスリムにとっては、予言者マホメットが天使ガブリエルの案内を受けて昇天した聖地だ。こうしたいきさつで、東ローマのユスティニアヌス皇帝は543年、ここに教会を建て、その後エルサレムを占領したムスリムは715年にこの場をイスラム寺院に造りかえた。その後十字軍がついにこの聖地を回復し、文字通り血で祭壇を洗ったのだ。十字軍の残酷さは、自らの宗教のみが正しいという独善から始まった。他の宗教と文化は、すなわち軽蔑と破壊の対象だった。ドグマ的宗教観から始まった文明破壊、すなわちバンダリズム(Vandalism)だ。

  それから千年近い歳月が流れた2000年3月、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世は『回想と和解-教会の過去犯罪』と題した懺悔書を公表した。新しいミレニアムを迎え、ローマ法王は過去2000年間の教会の罪状を告白して謝罪を求め、十字軍戦争を代表的な犯罪として挙げた。「十字軍遠征は、人類を血のどん底に陥れた。聖地回復という崇高な目的の裏には、余りにも不遜な意図が隠されていた。ヨーロッパ人の痛みが、イスラムより大きいことなどあり得ない」--。宗教的バンダリズムは、前近代的な部族神観から始まる。自らの部族を守護する神を崇めた前近代社会の排他的宗教観が、包容性を持てず閉鎖的形態に固まってしまった場合だ。2001年、アフガニスタンのイスラム極端主義政権が世界最大の仏像であるバーミヤン石仏を破壊した行為は、21世紀まで生き残った宗教的バンダリズムとして国際社会を憤怒させた。

  最近、首都圏一帯の聖堂の聖母像を傷つける事件が相次いでいるという。世知辛い社会相が、ひょっとして宗教的バンダリズムにまで到達したのでは、と憂慮される。聖誕の祝福を共に喜ぶべきこの時期に。
【今日の感想】この記事を読んで・・・
興味深い
悲しい
すっきり
腹立つ
役に立つ

今日のイチオシ記事