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<孫基禎氏の死去>日章旗抹消事件とは | Joongang Ilbo | 中央日報

<孫基禎氏の死去>日章旗抹消事件とは

<孫基禎氏の死去>日章旗抹消事件とは

2002年11月15日20時44分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  孫基禎(ソン・キジョン)氏のベルリン五輪マラソン制覇は、民族の気概を全世界にとどろかせた快挙で、民族の悲運を再確認した悲しい瞬間でもあった。

  月桂冠をかぶって表彰台に立った孫氏の胸には、日章旗が大きく描かれていたためだ。

  植民地統治下の代表的なマスコミ抵抗運動とされるこの「日章旗抹消事件」も、こうした民族の情緒を代弁しようとする当時の言論人が主導、展開した。

  東亜(トンア)日報の体育担当記者だった李吉用(イ・キルヨン)氏は、ベルリンでの快挙から15日たった1936年8月24日、朝日新聞の画報雑誌「朝日グラフ」でマラソン授賞式の写真を見つけ、編集局幹部に対し、この写真を新聞に掲載しようと話した。

  その幹部が「日章旗があまり見えない方が良いのでは」とこっそり話すと、李吉用は当時調査部所属の専属画家だった李象範(イ・サンボム、号は青田)画伯に、日章旗を薄くするよう要請した。

  李象範と写真部長のシン・ナクキュンは、技術的に薄く処理するのは難しいとし、結局青酸カリを使って日章旗をすべて削除した。

  翌日、総督府と日本軍司令部が大騒ぎになったのは、言うまでもない。 同事件により、東亜日報は無期停刊処分を受け、李吉用ら50人余りも連行されて、記者8人が逮捕される事件となった。
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