大韓民国ノブレス・オブリージュの象徴、臨清閣を復元へ

大韓民国ノブレス・オブリージュの象徴、臨清閣を復元へ

2017年08月20日11時41分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  文在寅(ムン・ジェイン)大統領が光復節の祝辞で言及した「安東臨清閣(アンドン・イムチョンガク、宝物第182号)」の復元が加速しそうだ。

  金鍾鎮(キム・ジョンジン)文化財庁長は権寧世(クォン・ヨンセ)安東市長と19日に安東の臨清閣を訪れ、復元整備に向けた実務協議体構成と定期協議会開催など具体的な推進方向を協議した。李相竜(イ・サンリョン)の宗家の子孫李チャンスさんから復元と関連した意見も取りまとめた。

  臨清閣は上海臨時政府初代国務領を務めた李相竜(1858~1932年)ら多くの独立活動家を輩出した古城(コソン)李氏の本家だ。李相竜は1911年に臨清閣をはじめとする全財産を処分して満州に亡命し、李会栄(イ・フェヨン)、李始栄(イ・シヨン)とともに新興武官学校設立などを通じた独立軍基地開拓に努力した。その後臨時政府初代国務領を務め、独立運動界の分派統合のために努力した。

  その後日帝は臨清閣で「不貞鮮人」が出生したという理由から1942年に前庭を横切る中央線鉄道を通し、50余間の門屋と付属建物を撤去した。

  文大統領は15日にソウルの世宗(セジョン)文化会館で開かれた第72周年光復節慶祝式で「臨清閣は独立運動の産室であり、大韓民国ノブレス・オブリージュ(社会の指導層に求められる道徳的義務)を象徴する空間。九十九間の邸宅だった臨清閣は日帝により半分になった姿がまだそのままだ。李相竜先生の孫・孫娘は解放後大韓民国で孤児院生活をしたりもした。臨清閣の姿はまさにわれわれが振り返らなければならない大韓民国の現実だ」と話した。

  文化財庁は安東臨清閣の前庭を貫く中央線鉄道が2020年までに撤去されてから復元・整備事業を迅速で体系的に推進するため2017年に安東市の予算に臨清閣総合整備計画策定研究費1億ウォンを反映し、7月17日に研究が着手された状態だ。
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