【コラム】帝国のオーディション…米国と中国の間に置かれた韓国(1)

【コラム】帝国のオーディション…米国と中国の間に置かれた韓国(1)

2017年06月27日14時21分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  1968年のフランス五月革命の旗手、ベルナール=アンリ・レヴィ(Bernard-Henry Levy)が2004年、米国旅行に発った。レヴィは青年時代、1960年代フランス知性界を風びした毛沢東思想に傾倒していた。東洋の民本と西洋の実存を結合して新哲学を構想したレヴィは人間を抑圧する権力を野蛮なものと規定した。資本も、学歴と権威の象徴である大学もそうだった。共和国の化身であるド・ゴール大統領が辞任した。労組代議員が工場を掌握し、名門ソルボンヌ大の銘板が剥がされた。反帝国主義を越えて無政府主義に染まった五月革命のデモは数年後に落ち着いた。

  50代半ばという年齢、米国は初めての旅だった。9・11テロで反イスラム感情が広まった米国社会はいつになくピリピリしていた。レヴィは親米/反米の二分法をやめた。欧州の子孫が欧州を支配しようとする米国の傲慢、戦争を文明史的ミッションとして美化する思想的欠陥を一旦閉じた。すると風景が目に飛び込んできた。砂漠と草原を横切る物寂しい道路、摩天楼にきらめく都市、臨時村落やインディアン保護区域、夕陽に輝くスカイライン。その中に無限自由を求めて生きている各様各色の人間たち、作家と芸術家、政治家、ハリウッドスター、マイノリティ、何かに取り憑かれたような狂信徒の巨大なスペクタクルが繰り広げられていた。レヴィは米国を映し出す風景にめまいを感じた。『アメリカの眩暈(American Vertigo)』、レヴィが書いた米国旅行記のタイトルだ。

  「米国は千に分かれる道を隠した森だ」。イラク侵攻もひとつの道、原理主義と人種主義もひとつの道であるに過ぎない。米国の全盛期は過ぎたが、それでも帝国の威容を備えていることをレヴィは目撃した。米国は境界と限界がなく、核心もない老いぼれた帝国になったが、どの国もはとにかく足を入れないわけにはいかないと結論付けた。それは千に分かれる道が収束する一つの点、米国の価値である自由民主主義のためだ。

  文在寅(ムン・ジェイン)大統領が明日、米国に初めて赴く。根っからの運動圏ではないものの、反独裁と人権運動に献身した文在寅の青年時代は、全体主義に抵抗したレヴィと似ていた。1970年代・80年代の韓国の運動圏で、反核・反テロ・反資本・反帝国主義はまるで一セットのようについて回った。このような異種のイデオロギーを結びつけた便利な概念が「反米」だった。反米・反帝が当時第3世界に風びしていた自民族中心主義と結合すると親北朝鮮理念が生じた。北朝鮮は民族和解のジェスチャーを政治的だけに活用した。そのような傾向のためか、レヴィは反米主義を世界のあらゆるがらくたを掃き集めるゴミ概念だと断固として規定した。

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