政権と足並みそろえたが…翼が折れた東芝(1)

政権と足並みそろえたが…翼が折れた東芝(1)

2017年06月23日10時32分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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2013年10月、大邱で開かれた世界エネルギー総会で、ある出席者が東芝の原発設備に触れている。(写真=中央フォト)
  「東芝はどこで誤ったのか」

  「2008年に進出した原発事業だ」

  ことし2月、昨年の実績を発表する記者懇談会の席から出た質問に綱川隆・東芝社長はこのように答えた。この日、綱川社長は昨年の営業赤字が5325億円に達したと発表した。原発事業から出た損失が7125億円だった。しかもこの額は会計法人の「監査意見」を受けずに出した数字だった。先月、東芝が最終集計した2016会計年度の営業赤字は9500億円だった。

  142年の歴史を持つ東芝が崩壊した表面的な理由は原発事業の失敗だ。だが、東芝をよく知る専門家は「お金になる事業に集中できず、無理に原発事業を大きくした背景には日本製造業の不況と東芝の企業文化がある」と分析する。東芝と意思決定構造が大きく違わない韓国の一部の大企業も、今回の事態をただ眺めて通り過ぎてはいけないという指摘が出るのはこのためだ。東芝は日本技術のプライドだ。日本初の電灯を開発(1878年)した「田中製作所」と、世界で初めて二重コイル電球(1921年)を作り出した「白熱舎」が合併した会社だ。すでに123年前には電気扇風機を手がけ、日本初の冷蔵庫・洗濯機(1930年)、電気釜(1955年)を作って日本電子製品の歴史を築いた。世界で初めて携帯用ノートブックコンピュータ(1985年)とNAND型フラッシュメモリー(1987年)を発明したりもした。

  このような東芝に没落の暗雲が垂れ込めてきたのは2006年だ。当時、安倍政府が推進した「原子力ルネサンス」政策に歩調を合わせて、米国の原子力発電所設計企業「ウェスチングハウス」を買収した。当時、東芝は世界の電子製品・半導体市場で韓国企業に押されて競争力を急速に失いつつあった。「安定した原発事業を主力事業に育てていく」という新しい青写真を提示した。東芝が提示した買収金額(50億ドル)は市場予想の2倍だった。「高すぎるのではないのか」という市場の懸念をよそに、同社は「積極的な原発受注を通じて挽回することができる」と豪語した。

  だが、原発受注は当初の思惑通りにそうやすやすとは運ばなかった。2011年に起きた東日本大震災は「決定打」になった。各国政府が原子力政策の見直しを図ったため、損失は雪だるま式に増えた。弱り目にたたり目で、このような損失を隠して7年間会計不正を行ったことが2015年に発覚して元には戻れない一線を越えた。東芝は昨年、生活家電事業を中国・美的に、医療機器事業をキヤノンに売却した。
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