ソウル石村洞で百済時代の超大型積石塚見つかる

ソウル石村洞で百済時代の超大型積石塚見つかる

2016年11月30日13時53分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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新しく発見されたソウル石村洞百済積石塚から出土した金製装飾具。(写真=漢城百済博物館)
  墓の上部は大きくき損された状態だった。だが、床の部分に積み重ねられた石と土からすると、漢城(ハンソン)百済時代の超大型積石塚であることが確認された。高句麗と百済の間の文化的関連性にも新しく注目が集まった。

  ソウル松坡区石村洞(ソンパグ・ソクチョンドン)古墳群(史跡第243号)で四方40メートルにもなる大型積石塚が発見された。まだ現場調査が終わっておらず、墓の規模はより大きいものと予想される。ソウル市漢城百済博物館は、昨年10月に始めた石村洞古墳群の試掘調査で、既存の石村洞3号墳(東西49.6メートル、南北43.7メートル)と高句麗長寿王墓と推定される中国集安の将軍塚(長さ31.50メートル、高さ12.4メートル)に比べられる百済前期の大規模積石塚が見つかったと29日、発表した。

  今回発見された積石塚は地表面を削り粘土を重ねて固めた後、その外郭に割石で基壇を積み上げた。中心部は土と石で堅固に埋めた。特に、東西南北で10個以上の積石を1単位として積み重ねた構造的特徴を見せている。

  漢城博物館のチョン・ジヨン責任調査員は「このように多くの空間がつながっている積石塚が発見されたのは初めて」とし、「馬韓の土塚や高句麗の積石塚でも似たような構造がみられる」と説明した。

  また、墓の東南部外郭からは遺物約3000点が出土した。土器壷、鉄製鎌、瓦、金製耳飾り、ガラス玉、動物の骨などだ。遺物からすると、喪葬儀礼と関連した祭儀の空間だった可能性が大きい。チョン・ジヨン調査員は「今回の発掘で風納土城(プンナプトソン)・夢村土城(モンチョントソン)と対を成す漢城百済(前18~475)王陵地区である石村洞古墳群の位相を再確認した」と話した。
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