米国の要求入った安保法案、安倍問題ではなく日本の問題(1)

米国の要求入った安保法案、安倍問題ではなく日本の問題(1)

2015年09月07日14時27分
[ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]
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  日本の安倍晋三首相が先月14日終戦70周年に際して出した談話をめぐる議論は現在進行形だ。それなりに過去の歴史に対する謝罪(おわび)と反省の意を明らかにしたとはいうものの、その水準が国際的な目の高さと違うためだ。安倍首相はこの談話の作成のために「21世紀構想懇談会」(20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための専門家の懇談会)を設置して半年間行った。16人の諮問委員の1人である川島真・東京大学大学院教授が、談話発表の直後に韓国をしばらく立ち寄った。中央SUNDAYは彼に会って、談話が出てくるまで内部でどのような議論と論争があったのか、安倍首相の内心は何だったのかなどについて聞いた。彼は、日本の外の見解とは多少の温度差を見せる日本の主流保守層の見解を加減なく聞かせてくれた。

  --談話で安倍首相が最も重要だと考えたメッセージは。

  「首相がこれまでの政府が発表してきた談話を継承したということだ。一部では首相が自身の言語で直接話さなかったとか、談話に主語がなかったという指摘もある。しかし詳しく読んでみれば安倍政権すなわち安倍内閣は、明らかに村山・小泉など以前の政権の談話を受け入れて継承した。首相はこの後の政権もこうした談話を継承すると明確に話した」

  --談話の文章を見ると主語が省略されているし、過去型の謝罪と間接話法を使っていたが、安倍首相の意向なのか。

  「今回の談話は、閣議決定方式を経て発表された。その前に首相は個人の意見を発表しようとした。もし安倍首相個人の意見だったら『安倍首相の談話』になっていただろう。閣議を経たので『安倍首相談話』になった。個人ではなく政権の談話という意味だ。村山談話も閣議決定を経たが当時、個人談話の議論はなかった。今回は最終的に内閣談話と発表された。政府談話なので、最大限に客観的に書こうとしたら主語の『私』を使えなかった。主語を使えば安倍首相個人の談話という印象を与える。談話発表前の6~7月にこのような論争が内部的にあった」

  --謝罪の主体に関する問題は、安倍首相が1人称の主語「私」を使っていなければならなかったという意味ではない。日本が帝国主義に走ったために謝罪と反省の主体も日本になっているべきだという意味だが、これについての認識がないようだ。だから植民支配・侵略・おわび・反省など4つのキーワードは入ったが、真正性を疑問に思う。

  「4つのキーワードは安倍首相自身が先に話したのではない。日本のメディアが作ったアジェンダだった。評価の標準をメディアが作った。安倍首相個人の内心は当然、私を含めて誰にも分からない。選出された首相として何の話をするのかが重要だ」

  ◆「日露戦争、日本の勝利を歓迎したのは一部の国家」

  --談話の中で日露戦争(1904~05)がアジア・アフリカの植民地の人々に勇気を与えたというが、これはふさわしい言葉なのか。

  「日露戦争後、日本が大韓帝国の外交権を奪った。韓国人の立場としてはそれに不満を持つかもしれないと理解する。しかしその部分の談話はアジアのどこかの特定国家を言及したものではない。トルコ・イランなど少なくない西アジア国家は帝政ロシアの抑圧を受けていた。この西アジア国家は日本が日露戦争で勝利したという消息を聞いて喜んだ。『勇気を与えた』という一節の前に『一部のアジア諸国』という表現を追加していたら、もっと正確だっただろう」(中央SUNDAY第443号 )

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