<サッカー>上等兵の李庭協、韓国代表FWに抜てき(1)

<サッカー>上等兵の李庭協、韓国代表FWに抜てき(1)

2014年12月23日14時27分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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シュティーリケ号にシンデレラが誕生した。無名の軍人FW李庭協(イ・ジョンヒョプ)だ。李庭協が21日、済州西帰浦で行われた紅白戦でドリブルしている。(写真=大韓サッカー協会)
  サッカー韓国代表のシュティーリケ監督が見つけた“隠れた真珠”は無名FW李庭協(イ・ジョンヒョプ、23、尚州尚武)だった。外国人監督のサプライズ選択を受けた現役陸軍上等兵の李庭協は2015豪州アジアカップで反乱を準備する。

  シュティーリケ監督が22日、ソウルサッカー会館で、来年1月に豪州で開催されるアジアカップの最終エントリー23人を発表した。発表名簿の最後に含まれた李庭協はこの日、最も注目を浴びた。李庭協は15日から1週間、済州西帰浦で行われた合宿に参加したFW5人のうち唯一生き残った。李庭協が抜てきされた中、Aマッチ通算68試合・24得点の朴主永(パク・ジュヨン、29、アル・シャバブ)は代表チームから脱落した。合宿を終えた後、家で一日の休養をとっているところ知らせを受けた李庭協は驚きを表した。

  シュティーリケ監督は西帰浦合宿前の10日、「情熱のあるハングリーな選手が必要だ」と強調した。李庭協はシュティーリケ監督が求めていたその“ハングリーな選手”だった。李庭協は釜山のユース出身で、昨年プロ(釜山)デビューしたが、2シーズンのあいだ交代メンバーから抜け出せない無名の選手だった。この期間に出場した27試合(2得点2アシスト)のうちフル出場したのはわずか4試合。U-18(18歳以下)、U-20(20歳以下)代表に時々選抜されたが、国際大会で出場機会はなかった。

  危機感を感じた李庭協は変化のために国軍体育部隊入隊を選択した。名前も李廷記(イ・ジョンギ)から李庭協(イ・ジョンヒョプ)に変えた。チーム先輩のイ・ウォンヨン(33)が名前を変更してから競技力が高まり、主将まで務めたのを見て改名を決心した。依然としてベンチに座る時間の方が多かったが、今季は尚州のユニホームを着て25試合(4得点)に出場した。

  機会は偶然訪れた。身長186センチ、体重76キロの体格の李庭協は、「埋もれた真珠」を探していたシュティーリケ監督の目にとまった。シュティーリケ監督は10月22日に尚州で行われた尚州-ソウルのFAカップ4強戦を現場で観戦し、李庭協に注目した。李庭協は改名当時、イ・ウォンヨンが推薦した協力の「協」のように、代表チームで協力する姿を見せた。

  シュティーリケ監督は短い出場時間にもかかわらず幅広い動きで利他的なプレーを見せた李庭協の長所を高く評価した。シュティーリケ監督は「李庭協は自分に与えられた出場時間に、非常に興味深い動きを見せた」と評価した。

  李庭協を高校時代から育てたユン・ソンヒョ釜山監督(52)は「FWだが守備がうまく、よく動くので、一度育ててみたかった。まだ熟していない果物のようだが、経験をたくさん積めば十分に活躍できる選手」と話した。

  9月に韓国代表の指揮棒を握ったシュティーリケ監督はゴールゲッター不在に悩んだ。さらに確実な攻撃資源だった李東国(イ・ドングク、35、全北)、金信旭(キム・シンウク、26、蔚山)がシーズン終盤にけがをしたうえ、サウジアラビアでプレーする朴主永は所属チームで振るわず、悩みは深まった。

  短い期間だが、李庭協も成長した。初めて代表チームに加わった時、「すべての練習が楽しい。最古参のチャ・ドゥリ先輩を目の前で見ているのが不思議」と話していた李庭協は、「ゴールに対する欲を持ちたい」として意欲を見せた。「ゴール前では利己的でなければいけない」という朴建夏(パク・ゴンハ)代表コーチ(42)の言葉にも耳を傾けた。李庭協は「その間、他人を助けるプレーがもっと楽だった。しかし今はゴールに欲を出す選手になりたい。シュートチャンスがあれば確実に決めたい」と語った。

  結局、李庭協は重要な瞬間に一発を決めた。21日の紅白戦でゴールを決めた。前半19分、相手がクリアできなかったボールがゴール左に流れると、頭で合わせてネットを揺らした。90分間フル出場した李庭協は裏を狙うプレーだけでなく、2線まで下がってボールを受ける積極的な姿も見せ、チームのワントップとして可能性を見せた。

<サッカー>上等兵の李庭協、韓国代表FWに抜てき(2)
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