「李舜臣の八賜品、明皇帝が下賜したものではない」=韓国(2)

「李舜臣の八賜品、明皇帝が下賜したものではない」=韓国(2)

2014年11月07日15時05分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  ◆後代に新しく作られた遺物も=八賜品の一部は、壬辰倭乱当時の遺物ではなくそれ以後に新しく作られたものだという事実も初めて明らかになった。令牌を入れる袋を調査する過程で、内側に書かれた文字が発見されたのだ。

  制作時期と制作者を表わす「辛酉三月日(辛酉年3月のある日)」 「申等新備(申などが新しく備える)」という字が墨で書かれていた。辛酉年は1861年で、申観浩が187代三道水軍の統制使として赴任した時だ。チャン教授は「令牌は当代の遺物だが、これを入れる袋は以後に新しくつくられたもの」と説明した。また正祖の時代である1795年に編さんした『李忠武公戦書』の記録と現在残された督戦旗・紅小令旗・藍小令旗の形態が違っており、これも後代につくられたものと見られる。

  ◆文化財庁、八賜品のサイズ間違って記録=八賜品の実際の大きさが、文化財庁の公式記録と違っていたという事実も確認された。文化財庁が作成した「宝物指定書」などの公式記録で都督印の長さと幅はそれぞれ15.1センチ、7.8センチだ。だがチャン教授が3回実測した結果、長さ・幅は10センチと5.6だった。令牌・鬼刀・斬刀などほかの遺物の大きさは最大1メートルまで違いが生じた。文化財庁は宝物指定当時の1966年以後、2001年の保存処理のため、2011年の定期調査で、それぞれ八賜品の実物を確認したが数値を修正していなかったことが明らかになった。管理主体である文化財庁が宝物の実際のサイズを半世紀の間、全く分からなかったのだ。文化財庁関係者は「事実関係を確認した後、誤りがあれば修正する」と話した。チャン教授の論文は30日に発行される学術誌『歴史民俗学』第46号に掲載される。

  

「李舜臣の八賜品、明皇帝が下賜したものではない」=韓国(1)
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