大韓民国を見つめる「法王の目」

大韓民国を見つめる「法王の目」

2014年08月20日09時26分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  碁石を再び置く。「フランシスコの4泊5日」を十分にかみしめて、石を1つずつ復棋してみる。フランシスコ法王がいったい私たちに残していったものは何だったのか。

  彼は小さかった。車も小さく、宿舎も小さく、芳名録に残した文字までが小さかった。それでも彼は大きかった。底知れぬほど目線を低くした謙そんの心が大きく、心痛む人を抱きしめる胸が大きく、人間と世の中を眺める目が大きくて深かった。

  16日、ソウル西小門(ソソムン)殉教聖地。「法王の目」を直接見た。信者は1メートルほどの遮断壁の後ろに立っていた。法王は1人ひとりの手を握って彼らの目をとらえた。目と目が合った。忠清北道陰城(チュンチョンプクド・ウムソン)の福祉施設「コットンネ(花の村)」でもそうした。障害者に会う時も、元慰安婦の女性に会う時も、セウォル号遺族に会う時も、法王は「目」を見つめた。この世の中に、ただその人だけが存在するように。どれだけ短い瞬間でも、そうした。人々は「全て私だけに集中している感じだ」と喜んだ。

  実のところそれは目ではなかった。心だった。法王が穴のあくほど見つめていたのは、相手の心だった。法王はそれを「共感」と表現した。17日、ヘミ殉教聖地の小聖堂でアジア主教らと会った時、法王は「真の対話」について言及した。「相手に自分たちの考えや心を開くことができないならば、真の対話というものはありえない」。そこで止まらなかった。さらに入っていけと要求した。「相手が話す言葉だけを聞いていては困る」。話の裏側まで見なさいといった。「言葉にしなくても伝えてくる彼らの経験・希望・苦難と心の深いところに閉じ込めておいた不安まで聞くべきだ」。それはあちこちで動脈硬化症状を見せている大韓民国に向けた法王の洞察であり、疎通のノウハウであった。

  韓国社会は2つに割れていた。進歩と保守、持つ者と持たざる者、既成世代と若い世代…。対立と反目の窓を通じて、たびたび相手を眺めていた。双方には「橋」が見えなかった。法王は「橋を置く方法」を話し、直接見せてくれた。方法は簡単だった。相手に目を合わせて、心を合わせることだった。法王はそんなふうにして生まれた共感こそ、すべての対話の出発点だと強調した。

  ある者は言う。フランシスコ法王が大韓民国に実際に投げかけた解決策はないのではないかと。もしかしたら法王は、それよりも大きなことを私たちにプレゼントしてくれたのかもしれない。慰安婦の痛み、セウォル号の傷、分断の苦痛がいっぱいにあふれた大韓民国号がどこへ行くべきかを示した。和解と許し、そして疎通。法王が残したメッセージが、まっ暗な夜に道を見つけるための北極星のように輝く。そろそろ私たちがオールをこぐ番だ。その星に従って。

  ペク・ソンホ文化スポーツ部門記者
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