2009年の訪朝秘話公開…クリントン元大統領の硬い表情の理由

2009年の訪朝秘話公開…クリントン元大統領の硬い表情の理由

2014年06月11日08時52分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  2009年8月、クリントン元米大統領は平壌(ピョンヤン)を訪問した。同年3月に北朝鮮に抑留された米国人女性記者ユナ・リーとローラ・リングを解放してほしいという交渉をするためだった。2人の女性記者は解放された。その後クリントン元大統領は金正日(キム・ジョンイル)総書記と記念写真を撮った。笑う金総書記の横に立つクリントン元大統領の表情は固まっていた。理由があった。

  ヒラリー・クリントン前国務長官は10日に出した回想録『困難な選択』で、「事案の敏感性を考慮し、『金正日と写真を撮る時は笑ったり顔をしかめるな』という行動指針をビルに事前ブリーフィングした」と明らかにした。

  クリントン前長官が書いた回想録には北朝鮮に関連した裏話が一部含まれている。当時北朝鮮は米国の高官級特使団が北朝鮮を訪問すれば2人の女性記者を解放できるとの意思を示したという。そこでゴア元副大統領、オルブライト元国務長官、カーター元大統領が特使として議論された。クリントン前長官は「実は北朝鮮はすでに夫を念頭に置いていた。非常に驚くべき提案だった」とつづった。クリントン前長官は、「米国の元大統領を通じ国際的関心を引こうとしたのだろう。夫は1994年の金日成(キム・イルソン)死去の際に慰労の書簡を送ったことがあるが、その時から(北朝鮮は)好感を持っていた」とした。だが、当時ホワイトハウスの一部参謀は2008年の民主党大統領選候補選挙戦当時のしこりのためクリントン元大統領の北朝鮮訪問に反対した。結局クリントン前長官が同年7月末にオバマ大統領との昼食の席でこのアイデアを提案し、オバマ大統領も「われわれに与えられた最高の機会」として同意したという。

  クリントン前長官は、「ビルと北朝鮮訪問団は平壌に出発する前に十分なブリーフィングを受けた。ビルは後に『ジェームズ・ボンドの映画のオーディションを受ける気分だった』と打ち明けた」と伝えた。

  2009年2月にオバマ大統領は北朝鮮が核開発計画を中断する場合、米国との関係正常化だけでなく休戦協定を平和協定に変えることができるという破格の提案をした。これに対しクリントン前長官は、「今後続く北朝鮮とのゲームで有利な立場を得るための戦略だった」と明らかにした。特に「北朝鮮の後援者であり平壌政権の保護者である中国を国際的な対北朝鮮連合戦線に参加させるためのものでもあった」と打ち明けた。だが、北朝鮮は1カ月後に女性記者を抑留し、同年5月には2度目の核実験を強行した。クリントン前長官は、「米国が握手を求めたのに対し北朝鮮は拳で応酬した」と表現した。

  オバマ政権のアジア重視戦略と関連しては、「オバマ大統領はインドネシアで幼少期を過ごしアジアに個人的連係感がある」と書いた。また、2009年2月の韓国訪問時に梨花(イファ)女子大学で受けた「女性嫌悪的指導者はどのように接するか」という質問を紹介し、「他の指導者は私と接する時に女性という事実を無視したまま接する。まだ公共生活で女性が不当な二重ものさしを適用されるのは不幸な現実だ」と主張した。
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