<韓国旅客船沈没>過去にも大きな海難事故…その主な原因は

<韓国旅客船沈没>過去にも大きな海難事故…その主な原因は

2014年04月17日13時50分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  16日に発生した旅客船「セウォル号」沈没事故は、約20年前に全羅北道扶安郡蝟島付近の海上で沈没した「西海(ソヘ)フェリー号」の事故を連想させる。現在の状況を総合すると、事故の原因や被害の規模が似ている。

  西海フェリー号は1993年10月10日、悪天候にもかかわらず出港した。しかし3、4メートルの波のため運航が難しくなると、蝟島に回航しようとし、その過程で船体が傾き、転覆した。定員221人の船に約360人が乗船し、292人が死亡した。船舶の航路を決める航海士が休暇のため同乗せず、安全要員がわずか2人しかいなかったことも明らかになった。予想された人災という非難が殺到し、“安全不感症”が社会問題として台頭した。

  87年6月、慶尚南道巨済郡南部面ダポ里の海上で、観光客86人を乗せて海金剛を観光した後、統営に戻っていた木造遊覧船「極東(ククドン)号」が火災で沈没した。27人が死亡し、8人が行方不明となった。機関室のエンジンの過熱が原因だった。価格が高い船舶用のエンジンではなく、安い中古バス用のエンジンを使ったのが禍根だった。事故の遊覧船の機関士は無資格者で、エンジンの故障も多く、事故の1カ月前にもエンジンを修理していたことが分かった。

  70年12月、済州西帰浦港を出発し、釜山港に向かう途中に沈没し、323人の死者を出した「南営(ナミョン)号」の事故も典型的な人災だ。南営号は当時、船の使用年数が2年にすぎなかったが、多くの人と貨物を乗せた。定員302人の船に338人が乗った。貨物も積載定量の4倍の160トンも積んだ。当時、海洋警察は南営号が沈没直前に発信した緊急救助信号(SOS)を受信できなかった。一部の乗客は氷点下の海で凍死した。この事故を契機に73年12月、旅客船運航管理制度が導入された。

  史上最悪の海外船舶沈没事故は87年にフィリピンの海上で発生した。旅客船「ドニャ・パス号」は、8800バレルのガソリンを積んだタンカー「ビクトル号」と衝突した。その直後にタンカーで発生した火は旅客船に燃え移り、ドニャ・パス号は2時間後に完全に沈没した。衝突8時間後に事故を確認したフィリピン当局は約1500人が乗船したと公式発表したが、生存者は4000人以上が船に乗っていたと主張した。フィリピン最高裁は事故の12年後、ドニャ・パス号が4000人以上の乗客を乗せていたことを認めた。生き残った人は26人だけだった。

  映画に製作された「タイタニック号」は1912年4月に英サウサンプトンを出発し、ニューヨークに向かう途中、氷山に衝突して沈没した。乗船者2208人のうち1513人が死亡し、当時では最大の海難事故だった。これをきっかけに船の構造と救命設備・無線設備などに関する国際的基準が決められた。

【特集】韓国旅客船「セウォル」沈没事故
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