世界的な建築家が設計した東大門デザインプラザ…「建築物自体が地形」(2)

世界的な建築家が設計した東大門デザインプラザ…「建築物自体が地形」(2)

2014年03月13日17時36分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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ザハ・ハディッドが設計したアゼルバイジャン・バクーのヘイダル・アリエフ文化センター。(写真=ザハ・ハディッド・アーキテクツ)
  --DDPの完成した姿に満足しているか。

  「実際に建築物が建てられると、それは図面から完全に新しい次元となる。設計は地形を解釈する過程でもある。今回の解釈はとても気に入っている」

  --都市としてソウルが目指すべき点は。

  「都市ごとに固有の特性と文化というものがある。都市の姿を変えるために新しい建物を作ることに熱中するのではなく、都市の特性と変化をどう反映するのか絶えず悩まなければいけない」

  --DDPはもともと競技場があったところだが、歴史・文化的な要素をどう反映したのか。

  「設計公募展に招待を受けた時、東大門の歴史・文化的な要素を表してほしいという注文があった。できる限り競技場跡の雰囲気を生かそうとした。過去に競技場として使われたスポットライトを保存し、DDPの全体的な形状も抽象的なレベルではあるが、昔の競技場(Arena)の感じが表れるようにした」

  --女性としてトップの建築家になった。それでもあなたは「建築は限りない戦闘」と話しているが。

  「建築家という職業自体が非常に難しく、大変だということだ。建築家は同僚、政治家、建築主らを絶えず説得しなければいけない。この戦闘が女性ということでもっと厳しかったのは事実だ。私にとって過去30年間は女性建築家として認められるために絶えず障害物にぶつかる過程だった。最近は環境がかなり変わり、女性に対する差別や偏見が大きく減った。それでもまだ女性が大変だ」

  ◆ザハ・ハディッド(Zaha Hdadid、63)=1950年にイラク・バグダッドで生まれる。ベイルートのアメリカン大学数学科を卒業し、英ロンドンの英国建築協会付属建築専門大学(AAスクール)で建築学を勉強。オランダ・ロッテルダムで恩師レム・コールハースの建築事務所(O.M.A)で働き、80年に自分の設計事務所を開設。ヴィトラ消防署(1994)で世界的に注目を浴び始めた。主なプロジェクトはオーストリア・インスブルックのベルクイーゼルシャンツェ(2002)、独ライプツィヒのBMWセンター(2005)、伊ローマの国立21世紀美術館MAXXI(2010)など。現在350人のスタッフと仕事をしている。

世界的な建築家が設計した東大門デザインプラザ…「建築物自体が地形」(1)
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