戦犯を殉国烈士に…日本極右の「隠された聖地」

戦犯を殉国烈士に…日本極右の「隠された聖地」

2013年08月15日11時44分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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太平洋戦争のA級戦犯に指定され絞首刑に処された7人の遺骨を奉安した殉国七士廟。碑の真下に彼らの遺骨を入れた箱が埋められている。
  13日午後、東京から車で5時間の愛知県三ヶ根山の頂上。太平洋戦争直後の軍事裁判で絞首刑に処された日本の東条英機元首相らA級戦犯7人が殉国烈士に化け風景の良い日本の山のふもとに安置されていた。

  山岳有料道路のスカイラインから右側の道に200メートルほど抜けると墓の入口にそびえ立った5メートルほどの大きな碑が最初に目についた。碑には「殉国七士廟」という大きな揮毫が刻まれている。碑の裏を見ると、「第56・57代内閣総理大臣岸信介書」と記されていた。この墓地が作られた1960年当時の首相であり、安倍晋三現首相の母方の祖父である岸の文字だった。彼もやはりA級戦犯として服役し、不起訴となり政治的に復活した人物だ。保守政治勢力の長兄のような存在で、安倍首相に保守右翼の政治的遺伝子を譲った張本人だ。彼が現職首相の身分で核心戦犯7人衆を「殉国烈士」として称賛する揮毫を送ったのだ。

  入口から300メートルほど入り階段を上るとすぐに戦犯7人の墓が現れた。長さ2メートルほどの墓石には殉国七士墓という文字が刻まれた。その裏には殉国烈士に化けたA級戦犯7人の自筆文字でそれぞれの名前が書いている。

  中国の蒋介石国民党総裁が「戦犯1号」に挙げた謀略の大家の土肥原賢二元陸軍大将、南京大虐殺の主犯松井石根元陸軍大将、侵略戦争の総責任者東条英機、フィリピン捕虜虐待で有名な武藤章元陸軍中将、満州事変を起こした関東軍参謀長の板垣征四郎元陸軍大将、文民出身で中日戦争を起こした広田弘毅元首相、ビルマ戦線で侵奪行為を日常的に行った木村兵太郎元陸軍大将。

  彼ら7人は48年12月23日の死刑後に火葬されると、戦犯裁判に参加した三文字正平弁護士がこっそりと遺骨を回収して保管し、60年に墓地造成と同時に移葬した。墓地関係者は、「7人の遺骨が碑石の真下に埋められている」と話した。

  位牌だけがある靖国神社より実際の遺骨が埋められた日本の右翼の本当の聖域だったのだ。人里離れた田舎の山の頂上に平日午後の時間にもかかわらず参拝客が続いた。特に2~3人単位の若者たちの姿が多かった。

  彼ら7人の墓のほかにも墓地には日本の侵略戦争に参加して戦死した将兵の慰霊碑があちこちに立っていた。正面から左側に階段を下りたところに位置した騎砲兵第4連隊と書かれた碑には「北は蘇満国境より南は揚子江南岸まで縦横無尽に大陸を馳駆し…」という句が書かれていた。中国大陸を蹂躪した時期に対する郷愁がにじみ出ていた。このほかにも飛行第67戦隊慰霊碑など100個に達した。
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