【コラム】先進国、企業の呼び込みに熱心だが、韓国は…(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.05.31 14:24
1970年2月のことだ。浦項(ポハン)製鉄(現ポスコ)の当時の朴泰俊(パク・テジュン)社長に危機が迫った。政治家や政府官僚らの干渉が激しく、製鉄に必要な高炉などの核心施設の購入にブレーキがかかったのだ。上納要求のために投資額の負担が大きくなるのは別として、適時に購入承認を受けられず投資時期を逃すことが大きな心配だった。
青瓦台(チョンワデ、大統領府)の報告があった日、話を切り出そうか止めようかとためらっていた朴社長に朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領は「望むことを、すべて書いてみなさい」と言って紙1枚を渡した。朴社長が書いた内容に目を通した大統領は、紙の左側上段に直筆で署名した。
人々は、これをどんな外圧も防ぐことができる“紙馬牌”〔注:馬牌(マピ)とは昔、官吏が地方などに出向く際に駅馬を使えるようにした証明の札〕と呼んだ。74年、いよいよ日本に続き韓国も総合製鉄所の稼動に入り、これは“漢江(ハンガン)の奇跡”を起こす導火線になった。企業家のチャレンジ精神とこれを知って全面支援した政府、そして自分の仕事のようにしがみついて奮闘した労働者がトロイカ(三頭馬車)を成して疾走したからこそ、韓国は無から有を創造することができた。