【社説】靖国とアーリントンが同じだという安倍首相の詭弁

【社説】靖国とアーリントンが同じだという安倍首相の詭弁

2013年05月21日09時17分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  安倍晋三日本首相の妄言が“漸入佳境”だ。今度は靖国神社を米国のアーリントン国立墓地に例える発言で物議をかもしている。安倍首相は米外交専門誌フォーリンアフェアーズのインタビューで、「日本人が靖国神社を参拝するのは米国人がアーリントン墓地を参拝するのと同じ」と主張した。醜悪な日本軍国主義の象徴である靖国を、戦没将兵が安置される神聖な国立追悼施設と同一視する詭弁だ。

  安倍首相はアーリントン墓地に米国の南北戦争で敗北した南部軍人も安置されている点を取り上げ、「奴隷制度に賛成した人たちを参拝するからといって、奴隷制に賛成するわけではない」という米学者の言葉を引用した。靖国神社を参拝するからといってそこに合祀されている太平洋戦争のA級戦犯まで追悼するのではないという意味と聞こえる。日帝の侵略で被害を受けた韓国や中国など周辺国が日本政治家の靖国参拝に反対する最も大きな理由の一つであるA級戦犯合祀という部分を避けようという手段だ。

  敗者まで追悼するアーリントンとは違い、靖国は日本の近代化過程で発生した内乱の敗者を徹底して排除している。明治政府に反対して発生した西南戦争の主導者である西郷隆盛の位牌は靖国のどこにもない。靖国には明治時代から太平洋戦争まで日本軍国主義の確立と膨張に寄与した軍人と軍属の位牌だけが安置されている。アーリントンが国民統合と和解の象徴なら、靖国は戦死者を顕彰する軍国主義の象徴にすぎない。安倍首相が靖国とアーリントンを区別できないのは無知と意地が会った結果だ。

  靖国は戦死を名誉として賛美するところだ。戦線へ向かう兵士と家族に「戦死すれば神になり、靖国に祭られる栄光を享受する」と洗脳した。兵士は「靖国で会おう」といって命を捧げた。「天皇から授かった命を天皇に捧げたため、それ以上の名誉はない」と教えた。これが軍国主義・日本の国教である「靖国信仰」だ。戦争を称える靖国で平和を祈るというのは矛盾だ。靖国が国立追悼施設だと言い張るのは通りすがりの牛も笑うことだ。

  靖国にはA級のほか、B、C級戦犯の位牌もある。彼らは戦線で実際に残虐行為をした侵略実務者だ。彼らの犯罪も決して軽くない。A級戦犯を靖国から分祀するからといって靖国問題が解決されるかは疑問だ。むしろ「靖国信仰」の自由な布教活動を助長する懸念が強い。

  東京には1959年に国家が運営する施設として建設された千鳥ケ淵戦没者墓苑がある。第2次世界大戦中に国外で死亡した日本の軍人と民間人のうち、身元が確認されていない人たちのための納骨堂だ。靖国とは違い、宗教的な色彩がないところだ。安倍首相がどうしても戦没者を追悼したいのならここでするか、首相公館で侵略戦争の被害者のための追悼式を挙行するのが正しい。
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