【取材日記】「ソニーボーイ」の涙、他人事ではない=韓国

【取材日記】「ソニーボーイ」の涙、他人事ではない=韓国

2012年12月04日09時58分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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パク・テヒ経済部門記者。
  1970年代後半から80年代初めにかけ日本のソニーは現在のアップル以上だった。音楽に移動性を与えたと評価される「ウォークマン」はいまも製品革新の神話として残っている。そのころ日本では自由で開拓精神を持つ若者を「ソニーボーイ」と呼ぶほどだった。そんなソニーは当時サムスンの畏敬の対象であり技術の師だった。80年代前後にサムスンは「週末教育」というプログラムを作った。週末に日本の技術者を飛行機に乗せ韓国に迎えた後に技術を学んだりした。

  当時を考えると現在のサムスン電子とソニーの状況には隔世の感がある。サムスン電子は四半期営業利益が8兆ウォンを超える時代を開いた。これに対しソニーは昨年過去最悪の5200億円の赤字を出した。4年連続赤字だ。先日は世界3大格付け会社のフィッチがソニーの格付けを「BBB-」から投資非適格の「BB-」に一気に3段階引き下げたりもした。

  振り返るとこのような桑田碧海は93年に「妻と子以外はすべて変えよ」という李健熙(イ・ゴンヒ)サムスン電子会長の新経営宣言で始まった。李会長はデザインの重要性を強調した京都工芸繊維大学の福田民郎教授(当時サムスン電子顧問)の報告書を受け夜通し討論した。ドイツ・フランクフルトで新経営宣言をしたのはその3日後だった。

  新経営の方向が合致したということは否定しがたい。いまのサムスンとソニーの状況がこれを代弁する。どれほどであれば福田教授が「サムスンは必ず必要な変化を実践し、日本企業は言葉だけだった」と言うだろうか。

  そのように先を見通した李会長が1~2年前から深刻な言葉を投げかけている。「今後10年以内にサムスンを代表する事業と製品はほとんどが消えるだろう。ためらっている時間はない」ということなどだ。10年後にサムスンは現在のソニーのような身の上になっているとも限らない。サムスンだけでなく韓国を代表する他のグローバル企業も同じだ。ソニーの墜落を見る「ソニーボーイ」たちの無念な心情は他人事ではないかもしれない。

  パク・テヒ経済部門記者
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