韓日サッカー対決、泥の上で始まった58年の歴史(2)

韓日サッカー対決、泥の上で始まった58年の歴史(2)

2012年08月10日18時45分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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写真上=最初の韓日戦に出場した韓国代表選手の誓約書。「玄海灘に飛び込んで死ぬ」覚悟で走るという決意が込められた。写真中=54年スイスW杯予選の日本戦を控えて制作されたパンフレット。在日同胞が制作したと推定される。写真下=86年メキシコW杯最終予選で握手する韓国のキム・ジョンナム監督(左)と日本の森監督。
  ◇「一緒に世界サッカーの中心へ」=「Let’s go to France together」(フランスに一緒に行こう)。97年11月1日、ソウル蚕室(チャムシル)メーン競技場。韓国サッカー代表のサポーター「レッドデビル」はフランスW杯アジア最終予選の試合で懸垂幕を掲げた。韓国はW杯本大会行きを早くに決めていたが、日本は韓国に勝ってこそ本大会進出の望みをつなぐことができた。レッドデビルは日本を「世界サッカーの辺境から中心へ一緒に行くパートナー」と定義した。韓日サッカーの英雄の洪明甫(ホン・ミョンボ)と中田英寿は国境を越える友情を込めた『洪明甫・中田英寿 TOGETHER』という本を出した。韓国と日本サッカーが相互補完関係に変わるターニングポイントだった。

  韓国と日本のサッカーはお互いをライバルと認めた。競い合って発展するパートナーと見なした。日本は83年に始まった韓国プロサッカーを10年間研究した後、93年にJリーグをスタートさせた。そしてW杯優勝を目標に100年構想を出した。Jリーグ草創期に黄善洪(ファン・ソンホン)、洪明甫ら韓国のスタープレーヤーを呼び、最近は金甫ギョン(キム・ボギョン)、金英権(キム・ヨングォン)ら有望選手を迎えている。

  日本は精巧なパスプレーで2000、2004、2011年アジアカップで優勝し、また韓国を抜いた。韓国も日本のシステムを研究し、発展の土台とした。韓国は2002年W杯4強と2010年南アフリカW杯16強、日本も南アフリカW杯16強を達成するなど、着実に成長した。シン・ムンソン明知大教授(54)は「韓国サッカーはライバルの日本がいたからこそ発展できた。勝利と敗北を繰り返しながら欠点を補完していった。このおかげで五輪男子サッカー4強にアジアの2カ国が進出するという快挙を成し遂げた」と評価した。

  まだ勝負は終わっていない。五輪3位決定戦ではなく、W杯決勝で雌雄を争う日のために、韓国と日本はさらに激しく戦うだろう。
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