「親日派清算」基準、厳格にすべき(1)

「親日派清算」基準、厳格にすべき(1)

2009年11月11日13時33分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  民族問題研究所と親日人名辞典編纂(へんさん)委員会が4389人の親日名簿を公開した後、再び親日派をめぐる論議が熱を帯びている。

  論点のポイントは、親日派を選んだ基準が何かということだ。ところが、最近の若年層は87年の民主化運動や80年の光州(クァンジュ)民主化運動に対しても実感できずにいる。ましてや60年をも過ぎた親日問題について「客観的な基準」を判断するのはより一層難しいことだ。

  筆者も帝国主義・日本による植民支配時代の人生は想像のできない世代に属することから、親日派の基準問題を理解するため「親北朝鮮派」問題と比べてみるのはどうかと思い、この文を書いている。親北朝鮮派問題と親日派問題を比較してみれば、「親日派を選ぶ客観的な基準」を判断することに役立つのではないかと思われるからだ。

  もちろん植民支配時代の朝鮮(チョソン、1392~1910)の社会と北朝鮮を単に平面的に比較することはできない。ひとまず日本による植民支配の下にあった朝鮮の社会は、それ以前の李氏王朝・朝鮮時代に比べ、経済成長、治安、教育などで大きな進歩があった。あたかも英総督府治下の香港のように。しかし現在の北朝鮮は経済成長、治安、福祉、教育ほぼすべての分野で退歩している。

  しかしさまざまな面から似ている点もある。ひとまず「首領崇拝」と「天皇崇拝」の体制が似ている。北朝鮮の首領崇拝は天皇崇拝よりもはるかに度が強いが。また、日本の軍国主義と北朝鮮の軍隊優先政治が似ている。日本が太平洋戦争を起こしたのと、北朝鮮が「祖国解放戦争」と掲げた韓国戦争(1950~53)を起こしたのが似ている。

  1.植民支配時代に朝鮮人にとって日本は「祖国」だっただろうか。

  おそらくこうした違いと共通点のほかに、親北朝鮮の清算と親日の清算を比較することにおいて議論のポイントとなる地点は、帝国主義・日本による植民支配時代の朝鮮人が、日本国を自身の祖国として受けとめていたかという問題であろう。

  筆者は我が先祖が日本帝国を自分の祖国だと考えていた可能性が高いと考える。これを理解するためには遠く行くまでもなく、中国の朝鮮族(中国に定着した韓民族)を考えてみるとば理解に役立つ。現在、中国に住んでいる朝鮮族は自身の祖国をどこだと考えているだろうか。一度尋ねてほしい。100人に99人は「祖国は中華人民共和国であり、自身の民族は朝鮮族」と話す。平凡な民衆は誰でもそう話すだろう。

  日本による植民支配時代にも、時間が流れるにつれ中国の朝鮮族のように「民族は朝鮮人だが、祖国は日本大帝国」と考える人が増えつつあったのだろう。特に植民支配時代に生まれた人はたいてい自身の祖国が日本だということに対し、特に疑念を抱かなかったはずだ。現在の中国が多民族国家であるのと同じく、当時、日本帝国は満州、台湾、東南アジア地域まで事実上併合したため、多民族国家ということができた。特に30年代後半に進むほど朝鮮人が「日本は自身の祖国」と考える傾向が非常に高まった。独立運動を展開した右派の李光洙(イ・グァンス)、崔南善(チェ・ナムソン)、崔麟(チェ・リン)、左派の林和(イム・ファ)、李承燁(イ・スンヨプ)らが独立をあきらめて自治路線を歩むことになるのもひとつの証拠と言える。つまり、それらは皇国臣民として生きていくものの、朝鮮民族としてのアイデンティティーはあきらめないという方向に、朝鮮人の進路を選んだのだ。

「親日派清算」基準、厳格にすべき(2)

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