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軍部は似ていたかもしれないが、チリの社会構造は他の南米国家と違った。 19世紀初め、すでに市民社会と呼べるほどの集団が形成されていた。 社会の葛藤を調節できる政党メカニズムが作動した。 南米の慢性病であるポピュリズム(大衆迎合主義)がチリでは例外であった理由だ。
普通の先入観とは違い、ポピュリズムは進歩・左派の専有物でない。 ポピュリズムを最も巧みに使ってきた国は米国である。 ポピュリズムという言葉もやはり米国が元祖だ。 共和・民主両党体制に対抗して1981年に作られた人民党が、銀貨の自由鋳造など経済的合理性を無視した政策を標ぼうしたことで始まった。
米国史学者マイケル・カージンは『人民主義信念(the Populist Persuasion)』で、「米国の政治が、農民運動のような経済ポピュリズムから、社会主流の文化的価値に基づく文化ポピュリズムに取って代わられている」と指摘する。
民主党はフランクリン・ルーズベルト以降数十年間にわたり、中産階級とブルーカラーを共和党支持勢力の富裕層と対抗させる経済ポピュリズムで勝利を収めてきた。 そして共和党は経済ポピュリズムに対敵する方法を体得した。 ロナルド・レーガンは、自身をワシントンの従来の政治家や各利益集団と差別化する文化的ポピュリズムを効果的に駆使した。 田舎出身のビル・クリントンが白人労働者層の文化的価値を代弁しながら執権に成功したが、アル・ゴアは庶民とかけ離れた東部エリート政治家というイメージのためブッシュに敗れた。
このようにポピュリズムは左・右どちらにも動くことができる。 こうしたネオポピュリズムの姿をニューヨークタイムズのコラムニスト、モリン・ダウドは「状況主義(situationalism)」という言葉で説明する。 真実よりもその状況に有利になるよう動くということだ。
われわれの政界にも状況主義者が数多く見られる。 党の体質が弱いため、党を通さず誰もが直接、大衆を動かそうとする。 公約が乱舞するのはもちろんだ。 チリといえばワインしか思い浮かばないのもそうだ。 他のことも学べるはずなのに。


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