【コラム】一等国家にはない敬語=韓国

【コラム】一等国家にはない敬語=韓国

2016年07月07日09時00分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  サムスン電子で来年3月から代理・課長・部長の肩書が消える。その代わりに名前に「様」を付けて呼ぶ。「ホン・ギルドン様」という形だ。

  なぜこのようにするかはすでに分かっている。年功序列に拘束されず、上司の目を気にせず仕事をしろということだ。呼称は地位であり、地位は位階であり、位階は官僚化につながりやすい。創造的な発想や激しい討論の余地はない。

  事例は非常に多い。情報知能技術研究所のように百年の計に関する問題もそうだ。「BH(青瓦台)指示」というレッテルが貼られると討論は消えて速度だけが残る。企業も同じだ。挑戦的なアイデアは安定的指示の前で無力だ。サムスン電子の新しい指針は官僚化克服の苦闘だ。趣旨をみるとサムスン電子の方針の方向性は正しい。しかしそうであるだけに逆説的であり話にならない。新しい方針は役員は除いて職員にだけ適用される。内部では「水平的疎通は部長以下だけに適用されるのか」という自嘲が出てくる。

  垂直型構造の根源には敬語がある。敬語は醇風美俗と考えられてきた。しかし敬語に象徴される上の命令への服従は20世紀の産物にすぎない。近代化と圧縮成長は速度戦を必要とし、軍隊式指揮体系が成功の要諦だった。上下をはっきりと分ける敬語は強化された。

  しかし敬語は一等国家のDNAではない。米国・中国・欧州など歴史的にトップに立った地域では敬語がなかったり、あるとしても弱い。敬語がないからといって配慮や尊重がないわけではない。討論の品格はさらに高い。一方、韓国は数千年間、一等国家を追ってきた。中国・日本・米国は教科書であり未来だった。このため敬語はファーストムーバーを熱心に追いかけていくファストフォロワーのDNAだ。

  外部から指摘を受けて久しい。ジャーナリストで作家のマルコム・グラッドウェルは1997年にグアムで発生した大韓航空墜落事故の原因を言葉に見ている。当時の操縦室の録音内容によると、副機長は異常兆候を感じた。しかし彼は直接的で強力な語調で機長に非常事態を知らせることができなかった。権威に抑えられた言語習慣のためだ。マグロ漁船グァンヒョン803号で発生した殺害事件も同じだ。ベトナム人の「ヨーヨー」という言葉を乱暴な言葉と思い込んでいなければ、敬語という言語的位階が弱かったとすれば、悲劇を避けることができたかもしれない。

  今の私たちは教科書がなくなった時代に生きている。順序もさまざまだ。韓国がすでに経験したことを一歩遅れて先進国が経験したり、平均点数は高いが個別点数ではとんでもない逆転が生じる分野も多い。上・下、先・後の構図を基本に生きてきた韓国が特に苦しむ理由もここにある。敬語のDNAを変えることができなければ、ファーストムーバーのDNAも持つことはできない。

  14年前にすでに実験と証明があった。2002年にヒディンク監督はサッカー場内で敬語をなくした。韓国サッカーは当時ほど創意的なプレーをしたことがない。

  キム・ヨンフン・デジタル製作室長
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