【コラム】日本のものづくり、本当に限界に達したのか

【コラム】日本のものづくり、本当に限界に達したのか

2017年11月01日09時33分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「ものづくり」。数十年間、韓国製造業が羨んできた概念だ。新興国よりも品質が飛び抜けて高い日本製品を可能にした原動力に挙げられる。

  日本の自動車メーカー「スバル」の吉永泰之社長が10月27日、この言葉を口にした。「当社自身が日本のものづくりに不信、不安の要素になっていることに非常に 忸怩(じくじ)たる思いだ」と頭を下げながらだ。30年以上にわたって無資格の職員に完成車の検査を任せていたこと、約35万台のリコールを行う事実を発表する席でのことだった。

  すでに日産も同じ問題で約120万台のリコールを決めていた。日本第3位の神戸製鋼は、鉄鋼やアルミニウムなどの品質データを改ざんした事実が明るみになり、米法務省が資料を要求するなど波紋は国際的に広まっている。GM・フォード・ボーイングなど米国企業も同社から納品を受けているためだ。エアバッグメーカーのタカタは不良エアバッグを隠ぺいしていたが多数の人命事故が明るみなり、6月に破産した。ニューヨーク・タイムズ(NYT)が1面トップ記事で日本製造業の信頼失墜を報じるなど、欧米メディアが騒ぎ立てているが、我々韓国は今回のことをもう少し冷徹に見る必要がある。

  第一に、問題になった完成車の点検は日本国内車に限り適用される規制だ。日本政府は「資格」を備えた職員が最後の段階で車を点検しなければならないとしながらも、具体的な資格は企業に一任していた。佃モビリティ総研の佃義夫所長は「日本の内需販売が減少している状況で、メーカーがこの手順を費用だけがかかる要式行為とみなしていた可能性がある」と分析する。他国にはない不必要な、その一方で十分に監督されない規制が問題の一端を提供したのだ。

  第二に、企業文化に関する限り、韓国は日本と違うと自信を持って言うことはできない。「職員や外部独立機関の監視や批判を避ける傾向がある」(企業監視団体「ガバナンス・フォー・オーナーズ・ジャパン」)、「組織の利益のために品質改ざんを隠す文化がカビのように日常化している」(郷原信郎・企業問題専門弁護士)。よく聞いた覚えのある言葉ではないか。

  第三に、製造業デジタル革命で人のカイゼン(改善)に依存するやり方が限界に達したと日本経済は分析している。ビッグデータなどを活用したスマート工場に死活をかける韓国企業には、デジタルの“手綱”をより強くつかまなければならない理由を提供する。

  それでも、数十年にわたった問題を根本から見つめ直そうとする姿は日本の底力を示す側面がある。30年余り前の資料までひっくり返して過ちの原因を探り当てようとする「ものづくり」。隣人が直面している状況は、韓国産業界に詳しく分析しなければならない良き材料を与えてくれている。ライバルの失敗は我々にとって「反面教師」だ。

  チェ・ジヨン/ライティングエディター
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