<コラム>小泉を忘れて安倍時代に備えよう

<コラム>小泉を忘れて安倍時代に備えよう

2006年08月17日16時30分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
comment
0
share
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixi
  ドイツの文豪ゲーテが言うように、馬鹿とけんかをすれば賢い者も馬鹿になる。 教養がなく偏狭で国際政治に無知な小泉純一郎日本首相を相手に靖国神社参拝問題で口論しても得るものはない。 日本に「馬鹿の一つ覚え」という言葉があるが、これは小泉のような人間をみて言った言葉のようだ。 小泉が保守・右翼の票を集めるために靖国参拝を強行するという解釈は誤りだ。 彼の体内には祖父の時代からの閉鎖的愛国主義と軍国主義の熱い血が流れる。 彼は03年、鹿児島の特攻隊記念館で涙を流した人だ。

  小泉の語録をみると、彼は票を得るためではなく票を失うとしても靖国を参拝する人間であることが分かる。 彼は01年4月、自民党総裁選のための討論で、首相に就任すれば‘どんな批判があっても’8.15戦没者慰霊祭の日に靖国神社を参拝すると約束した。彼はこれにこだわって約束を守ってきた。 彼は戦没者の尊い犠牲の上に今日の日本があることを忘れてはならないと語った。 首相になった彼は、韓国の旧日本軍遺族らが靖国参拝に違憲訴訟を起こすと、「話にならない。世の中にはおかしな人たちがいるものだ」と冷笑した。 彼は神社参拝に自分の存在をかけた人のようだ。

  小泉首相は中曽根康弘元首相と対照的だ。 中曽根元首相も1985年8月15日に靖国神社を参拝した。 韓国と中国が激しく抗議すると、官房長官を通して「近隣諸国の国民感情を総合的に考慮して公式参拝を自重することにした」という声明を出した。 そして当時の中国の胡耀邦総書記に手紙を送り、靖国参拝は重大な外交問題と認め、公式参拝を中断した。 小泉首相の靖国参拝は中曽根元首相の外交的な約束に違反する行為だが、それを少しも気にしていないのが小泉のスタイルだ。 自己陶酔した田舎侍、ライオンのたてがみのようなヘアースタイルをして、時や場所を問わず軽率に踊る小英雄主義者が、首相の席から消えるのはうれしいかぎりだ。

  いまやわれわれは小泉を忘れ、乗り越えなければならない。 彼が退任を目前に控えて靖国を訪問した動機は2つ考えられる。 一つは、安倍晋三次期首相に対し、靖国が象徴する日本の愛国主義と平和憲法の改正を通した再武装の重要性を確認させることだ。 二つ目は、自分には他人ができないことをする運があるということを見せたかった幼稚な自己顕示だ。 しかし首相としての彼の最後の靖国参拝は哀れな白鳥の歌に終わるはずだ。 安倍次期首相は当然、小泉の影から抜け出す方法を探している。 神社参拝にも慎重な態度をとることが期待される。 小泉のドンキホーテのような自己顕示にはわれわれが神経を使うことはない。

  中国はかなり以前から安倍時代に向けて準備を始めていた。 小泉の8・15神社参拝に対する外交的対応からも中国の戦略がうかがわれる。 韓国は外交通商部次官が駐韓日本大使を呼んで抗議し、駐日大使が日本外務次官を抗議訪問したが、中国は8月15日以前にすでに駐日大使を本国に呼び戻した。 神社参拝に対する抗議の意に加え、次期首相に送る強力なメッセージである。 来月には首相が代わるため、駐日大使の長期本国滞留で失うものはないという計算によるものだ。

  日本の首相交代は韓日関係回復の機会になる。 青瓦台(チョンワデ、大統領府)がA級戦犯を分祀しても首相の参拝に反対すると述べたのは性急だった。 靖国が普通の慰霊施設でなく日本軍国主義を象徴する施設であるのは明らかだ。 それでも韓日関係は靖国の壁を越えるべきだが、A級戦犯の位牌を第3の施設に移す線で妥協する以外に妙案はないのではないか。 与えるものなく受けるだけの外交はない。 当面は態度をあいまいにして安倍を研究する時だ。
【今日の感想】この記事を読んで・・・
興味深い
悲しい
すっきり
腹立つ
役に立つ

今日のイチオシ記事