京都から江戸まで…朝鮮通信使が通り過ぎた300年前の日本の風景

京都から江戸まで…朝鮮通信使が通り過ぎた300年前の日本の風景

2017年04月12日10時16分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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朝鮮通信使が通り過ぎた道を示す『東海道五十三次図屏風』、各169.5x372.1センチ、18~19世紀、紙に彩色。(写真=国立中央博物館)
  朝鮮通信使-。朝鮮時代の国王名で幕府の将軍に送った外交使節のことを言う。朝鮮時代に計20回派遣された。朝鮮と日本、両国の友好交隣を象徴した。朝鮮では主に倭寇問題を解決するために通信社を送った。1回の派遣に6カ月~1年ほどがかかった。通信社は訪問地ごとに書画・詩文など多くの作品を残したが、屏風・浮世絵などで伝えられている。

  過去の朝鮮通信使の姿を垣間見られる展示が国立中央博物館(イ・ヨンフン館長)で開かれている。3日に開催して8月20日まで開かれる「朝鮮通信使が通り過ぎた道-東海道五十三次」だ。博物館常設展示室の3階に日本室を設けた。屏風2点、掛軸2点、額縁1点、浮世絵8点、書籍2点など計14点を公開している。

  東海道は、朝鮮通信使が京都から江戸に移動する際に利用した道だ。数字の「五十三次」は53の宿場を示している。今回の展示は1711年、朝鮮通信使行の副使だった任守幹(イム・スガン、1665~1721)が書いた旅行記である『東槎日記』で描いた東海道の風景を屏風と浮世絵を中心に公開している。当時、通信社は計500人で構成された。

  屏風の作品である『東海道五十三次』では53の宿場の風景がパノラマのように広がっている。過去の日本の山や川、村を一目で見られる。今回の屏風は国立中央博物館が昨年下半期に購入したもので、今回初めて公開している。

  浮世絵は日本の彩色木版画だ。今回、53の宿場のうち8カ所を選んで『東槎日記』の記録と共に紹介する。朝鮮通信使が日本で目にしたエキゾチックな風景を鑑賞することができる。

  当時、朝鮮通信使の正使である趙泰億(チョ・テオク、1675~1728)と江戸幕府の御側御用である新井白石(1657~1725)の肖像画も見られる。趙泰億の肖像画は日本の画家が描いた韓国唯一の朝鮮通信使の肖像画ということから価値が高い。

  また、通信社の行列を絵と共に解説した感想向けパンフレットである『朝鮮人大行列記』を見ることができる。来月31日、作品に対する説明を聞く「キュレーターとの対話」も開かれる。
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