橋下徹次期大阪市長、強いカリスマで別名は「若い小泉」

橋下徹次期大阪市長、強いカリスマで別名は「若い小泉」

2011年11月28日10時54分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  27日に行われた知事選と市長選の大阪ダブル選挙を勝利に導いた橋下徹次期大阪市長。彼は大阪中心の地域政党「大阪維新の会」を発足1年で既存政党を脅かす存在に成長させた。

  2008年に大阪府知事として登場した彼は「若い小泉」「第2の小沢」と呼ばれ話題をさらった。小泉純一郎元首相と小沢一郎元民主党代表のように強いカリスマを発揮できた背景には、「リーダーシップ不在」という日本政界の悩みがある。彼は「日本の首相選出方式は(国民が直接選ぶ)公選制に変わらなければならない」「いま日本の政治で重要なのは独裁だ」「日本は核を保有しなければならない」などの発言もはばからなかった。既存の政界が牽制するほど彼は市民・国民との疎通をさらに強化し大衆政治を駆使した。思想的には極右に近い。

  母子家庭で育った彼は大阪の名門北野高校ラグビー部を率いて全国大会に出場しリーダーシップを育んだ。早稲田大学卒業後、弁護士時代には長くテレビの法律相談バラエティー番組に出演して知名度を上げた。38歳だった2008年に大阪府知事選挙で当選した彼は就任第一声で、「あなた方はいま破産した会社の従業員だ」とし、公務員賃金と各種団体補助金削減を果敢に推進した。大阪府の公務員には「死に物狂いで改革しよう。そしてともに死のう」として刻苦の努力を要求した。万年赤字に苦しんだ大阪府は彼の就任から2年でに黒字に戻った。1日で安定した身分が失われることになった大阪府の公務員は激しく反発したが橋下氏の人気はかえって沸き上がった。支持率は常に80%を上回った。

  彼は政治的変身にたけている。自民・公明の推薦を受け大阪府知事に当選したが翌2009年の総選挙時は民主党を支持した。民主党政権が相次いだ失政で人気を失うとすぐに与野党政界と距離をおいた大阪維新の会を立ち上げた。
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