「天才少女」教授が9カ月で韓国を去った理由(1)

「天才少女」教授が9カ月で韓国を去った理由(1)

2009年10月23日17時29分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  失敗に終わった外国人エリート招聘、その理由は?

  



  建国(コングク)大学が‘史上最年少教授’として招聘した‘天才少女’アーリア・サバ氏(20、米国)が今年初め、故郷の米ニューヨークへ帰っていたことが確認された。 サバ氏は昨年4月、建国大学工科大学新技術融合学科の外国人専任教員として任用された。 契約期間は1年だったが、9カ月で韓国を離れた。

  建国大学の鮮宇映(ソン・ウヨン)国際処長は22日、「今年2月に契約が満了し、延長しなかっただけだ」とし「また帰ってくる可能性もある」と明らかにした。 しかし建国大学の別の関係者は「学生を教える教授能力が著しく不足し、授業の質が落ちるという指摘が多かった」とし「結局、韓国に適応できずに帰った」と話した。

  ◇欲が招いた失敗=建国大学はサバ氏を任用する当時、「サバ氏が満18歳で教授に任用されたことで、1717年に英国の大学教授(数学科)になったコリン・マクローリン教授の記録を破り、キネスブックに登録された」とし「年齢が近い学生たちに大きな刺激になるだろう」と広報した。 サバ氏が一学期だけ講義をして韓国を去り、学生や教職員はあきれた表情を見せている。 一部からは「学校側が広報効果を狙って招待した」という批判まで出ている。

  サバ氏は昨年の第2学期、建国大学大学院新技術融合科の「応用素材工学」の1科目を担当した。 受講生は3-5人ほどだった。 研究実績はない。 同じ学科のイ・マンジョン教授は「実績を残すにはあまりにも滞在期間が短かった」と述べた。 別の教授は「成人になったばかりのサバ氏が他国で教授として適応するのは容易ではなかったはず」とし「行き過ぎた欲が大学とサバ氏の双方に汚点を残した」と語った。

  ◇有名税を狙って挫折=今回のハプニングは外国人人材の招聘を‘看板用’として扱う韓国社会の断面をそのまま表している。 こうした失敗は以前から繰り返されてきた。 04年7月に任期4年でKAIST(韓国科学技術院)の総長に就任したロバート・B・ラフリン米スタンフォード大教授(59)がその代表例だ。 98年ノーベル物理学賞受賞者のラフリン氏は「KAISTを世界最高級研究中心大学にするために改革と変化の風を起こす」と述べながら就任した。 しかし教授陣の強い反発にぶつかり、やむを得ず2年で総長職を辞退した。

「天才少女」教授が9カ月で韓国を去った理由(2)

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