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習氏、五・四運動記念演説で「抗日」一切言及なく

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.04.30 16:20
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1919年、韓半島(朝鮮半島)で三・一運動があったとすれば中国では五・四運動があった。2つの運動をつなぐものは「抗日」だ。第1次大戦以降、ドイツが山東省に持っていた権益を日本が譲り受たことで中国人が決起した抗日運動が五・四運動だ。

五・四運動当時、中国人のスローガンは「外では国権を争取し(外争国権)、内では国の盗賊を滅ぼそう(内除国賊)」だった。国の盗賊は「日本に媚びへつらう(媚日)」中国官僚を意味する。五・四運動で怒りを噴出させた青年と労働者の力は共産党創党につながった。中国が五・四運動をとりわけ重視している理由だ。

 
習近平中国国家主席は五・四運動100周年を4日後に控えた30日、北京人民大会堂で「五・四運動100周年記念大会」を開き、1時間近く演説した。ところが習主席は談話で「抗日」どころか日本の影さえ取り上げなかった。習主席は五・四運動を「反帝国主義と反封建主義の偉大な愛国革命運動」と規定し、五・四運動が「愛国、進歩、民主、科学という偉大な五・四精神を育てた」と話した。習主席は「五・四精神の核心は愛国主義で、愛国主義は民族精神の核心」としながら「新時代の中国青年の使命は中華民族の偉大な復興である中国夢の実現のために奮闘すること」と強調した。

このような習主席の演説には中国が処した現状況に対する悩みが反映されている。大きく2つだ。まず、1カ月後の六四天安門事件30周年という敏感な時期を迎えるという点だ。五・四運動や六四天安門事件の始まりはどちらも、その主役は北京大学の学生たちだった。中国当局は青年学生たちの情熱が反日などの情緒的イシューに火をつけて社会的なイシューに広がる可能性を警戒する。昨年、北京大学の学生が広東省の溶接機械メーカー「佳士科技」のストライキに参加した事件は、中国政府を驚かせるのに充分だったと香港明報は伝えた。

さらに重要な意図は「日本の抱き込み」だ。米国との貿易戦争による被害を日本との関係強化で復旧させるというのが中国の計算だとNikkei Asian Reviewは分析した。中国は必要に応じて立場を変化させることに長けている。日本とのパートナー関係構築で米国の対中包囲網を突き破り、日本との技術協力を通じて米国の先端技術の流入が止まった現実を打開し、日本との経済協力強化で中国経済の減速を防ぐのが本音ということだ。

習主席が「五・四精神の継承」を強調しながらも五・四運動の導火線になった「抗日」について言及しなかった理由だ。現在、五・四運動100周年関連のすべての中国メディアの報道や学者の論評から「抗日」はきれいに消えた。理念より利益に忠実な中国の姿だ。

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    2019.04.30 16:20
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    五・四運動の発源地、北京大学旧建物(現在は北京新文化運動記念館)で開かれている五・四運動記念展示会入口で、北京のある市民が広報の張り紙を見ている。
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