【コラム】科学と技術を分離して考えよう=韓国(1)

【コラム】科学と技術を分離して考えよう=韓国(1)

2016年03月07日16時49分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  私は2008~2010年、大徳(テドク)研究団地にある政府外郭研究所の人々と緊密に仕事をした。韓国科学技術の未来について研究所の人々と熱を帯びた対話を行った。当時研究者たちは2008年教育科学技術部のスタートによって科学技術部が消えたという事実を実に惜しいと思っていた。彼らは科学技術部という独立部署が長期的な研究支援を通じて韓国の高速産業化に寄与したと評価していたからだ。

  私の考えは違う。科学技術部を再び設立するのではなく「科学」と「技術」を分離して「教育科学部」と「産業技術部」を作ることが韓国の科学技術発展にとってさらに助けになるとみている。

  科学と教育を1つにまとめることが適切だ。教育と科学は2つとも論理と想像力を動員して真理を体系的に追求するためだ。科学と教育の結合は、韓国教育の質を向上させるのに多いに役立つだろう。多くの政府官僚や学校・行政家たちが教育を「真理と倫理的な理解の追求」とみるよりも、サービスあるいはひょっとしたら効用とみなすことになった。その結果、教育は事実の伝達に過ぎないことに意味が縮小された。事実が持つ意味についてはこれと言った関心を傾けなくなった。科学を教育部が持っていくことになれば、教育は断絶的な事実の暗記という現状を乗り越えることになるだろう。学習における真理の追求が占める地位について、新たに意識することになるだろう。

  同じように技術というのは「科学的な原則を実生活に創意的に適用すること」なので、技術は産業と良いペアになる。不幸にも、多くの韓国人は産業を金融の延長とみなす怠惰で危険な習慣に陥った。技術は投資家のために利潤を作る手段になってしまった。そういう偏狭な見解のために、私たちは「社会問題解決のための技術の適用」という産業の本源的な姿から遠ざかった。

  私たちはよく、次のように仮定しやすい。産業は人々が消費したい商品を生産することによって富を創り出す。その次に私たちは直面した問題を解決するために利潤を使って商品を購入する。だが、ある問題の場合には、ただ商品を無料で分けて、すべての人がその商品を所有するよう保障するのが最上の解決策だ。また産業がひたすらお金を稼ぐことに関係していると前提にするのは、地域経済で極めて役立つよう機能できる物々交換の可能性を排除している。

【コラム】科学と技術を分離して考えよう=韓国(2)
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