<取材日記> 自殺すれば‘サムライ’?

<取材日記> 自殺すれば‘サムライ’?

2007年05月29日18時42分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  日本の松岡利勝農林水産相が28日、自殺した。 62歳だった松岡氏は政治献金スキャンダルに関連し、心理的に大きな負担を感じていたことが伝えられた。

   日本の各メディアは戦後初の現職大臣自殺事件を大々的に報道している。 29日、松岡氏の遺体を乗せた霊きゅう車が東京永田町の首相官邸前を通過し、安倍晋三首相以下の閣僚らが両側に並んで合掌する姿が、全国に生放送で伝えられた。

   石原慎太郎東京都知事は「彼はサムライだった」と語った。 松岡氏の故郷である熊本県の市民はテレビで「最後の瞬間、彼は男だった」と話した。

   自殺を見る日本社会の反応はこのように特異だ。 「政治献金スキャンダルは糾明されなければならない」という反応が依然として優勢だが、松岡氏の死を美化するような反応も少なくない. 日本にはこうした類の自殺が多い。 その背景には「死で不名誉をすすぐ」というサムライ式の思考がある。

   日本には「死ねば仏」という言葉がある。 どんなに大きな罪を犯した人でも死んでしまえばそれ以上は咎めないというものだ。 サムライが自ら名誉を汚したと判断したり、主君に累を及ぼしたと考えれば、切腹して自ら命を絶った。 日本社会はこれを美徳としてきた。 男らしいと考えるのだ。

   こうした思考は理解できる部分もある。 しかし日本特有の意識で済ませてしまうのはあまりにも前近代的だ。 危険に映ることもある。 理髪店を経営する知り合いの佐瀬卓さん(40)はこう話した。 「A級戦犯がしたことに対する贖罪がまだ足りないという指摘を受けるのも、考えてみるとこうした意識と関係があるのかもしれない。‘死ねば仏’という意識のためだ。固陋といわざるをえない」

  こうした点で、今回の松岡氏の自殺事件以後、彼の死の原因になった問題がどう扱われるかに関心が集まる。 世論がどう形成され、政治献金問題がどんな結末になるのかが注目される。 それは日本社会がグローバルスタンダードに進んでいるかどうかをはかる物差しにもなるはずだ。
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