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【噴水台】安龍福

2005.02.25 21:14
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「主がいない島を最初に占領した方が主になるのは当然だ」。(現在鳥取県の日本伯耆領主)「それなら私が帰途に日本の海域に散在する無人島の一つを占領した後、紛争を宣言しても構わないのか?」(安龍福)

キム・レジュ氏が最近出版した小説『大朝鮮人・安龍福』で、安龍福(アン・ヨンボック)が鬱陵島(ウルルンド)および独島の領有権をめぐり日本領主と談判する場面だ。

 
鬱陵島は独島とともに智証王(チジュンワン)の時、新羅(シルラ)の朝貢国になり、高麗(コリョ)顕宗(ヒョンジョン)の時、高麗の領土に含まれた。 そして朝鮮(チョソン)太宗(テジョン)の時、ここの住民を陸地に移した空島政策が施行され、無人の島になった。 日本が今でも主張する「無主地(主人がない土地)占領」の根拠だ。

安龍福は日本のこうした主張に、歴史記録などを前面に出しながら反論し、日本の徳川幕府から鬱陵島と独島は朝鮮の領土という覚書(書契)を受けた英雄だ。 彼の業績を称えて、鬱陵島道洞(ドドン)に「安龍福将軍忠魂碑」が建てられている。 しかし彼は将軍ではなかったし、記録によると私奴出身だった。

安龍福は1693年、鬱陵島でアワビを採っているところ、日本に連れて行かれたと知られている。 記録上で韓国と日本が鬱陵島・独島をめぐり対立した初めて事件だ。 安龍福は日本幕府から鬱陵島と独島が朝鮮の土地という覚書を受けたが、帰途に対馬島主にこの文書を強奪される。3年後、安龍福はまた日本に渡る。今度は鬱陵島・独島監税将(租税担当官吏で、実際には存在しない官名)として振る舞い、幕府の書簡を再度取り出す。 独島が朝鮮の領土であることを認める日本の最初の公文書だ。しかし安龍福は帰国後、官吏を詐称した罪で処罰された。

日本島根大の内藤正中名誉教授が昨年末に発表した論文によると、日本政府は過去に2度、公式的に「独島は日本の領土でない」と明らかにした。 そのうちの一つが安龍福事件に関連した1695年の文書だ。にもかかわらず日本の島根県は2月22日を「竹島の日」に定めて独島領有権を主張し、一昨日には駐韓日本大使が「独島は歴史的、法的に明らかに日本の領土」という妄言を吐いた。 300余年前、安龍福将軍が成し遂げた業績を守ることができずにいるわれわれの姿が恥ずかしい。

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