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【取材日記】北朝鮮外相がベトナムから学ぶべきこと

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.12.07 13:44
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北朝鮮が活発に親善関係を維持するいくつかの国の中でベトナムがある。李容浩(イ・ヨンホ)外相が先月29日から3泊4日間の日程でベトナムを訪れた。北朝鮮にとってベトナムは、いわゆる米帝と戦って赤化統一を完成した国であるため、「ロールモデル」に値する。6日付労働新聞は「自力更正、自給自足はわが党の一貫した闘争戦略」と主張したが、ベトナムこそそのような側面で前例を見ない「自力更正」の国だ。

ところで、ベトナムは米国とずっと敵対して現在を作ったわけではない。「ドイモイ」という改革・開放政策で米国を友邦にして改革に成功したというのがより正確だ。2年前、バラク・オバマ大統領がベトナムを公式訪問した時、ハノイの食堂でブンチャーを食べる場面が全世界に伝えられたが、これがベトナムの改革・開放を刻印させる完結版だった。

 
ベトナムは過去19年間、米国の強力な経済封鎖政策の下にあった。ベトナム戦争(1960~75年)が終わり、米国はベトナムの人権弾圧などを理由に貿易・金融・武器の取り引きを全面禁止する独自制裁(禁輸措置)を働いた。このため、1980年代ベトナムは窮地に追い込まれた。カンボジアを侵攻して中国と戦争を行い、強力な友邦だった旧ソ連は次第に勢力が弱まっていった。米国の制裁でベトナムの経済は三重、四重苦に苦しめられた。核開発によって国際舞台で雪隠詰められている北朝鮮と似ていた。

結局、ベトナム共産党は86年、第6回党大会でドイモイを採択したが、施行初期にはあまり効果が得られなかった。そうするうちに米国と関係改善に出ながら効果が現れ始めた。米国は「先措置→後補償」の交渉原則を徹底して守った。米国内「ベトナムシンドローム」と呼ばれる反ベトナム雰囲気とワシントンのタカ派が敵国だったベトナムとの修交を猛烈に反対したためでもあった。先月訪韓した初めての駐米ベトナム大使のレ・バン・バン外務次官は「80年代末から着実に米軍の遺骨送還をして信頼を積んだ」と話した。カンボジアからの軍撤収(89年)も米国など国際社会に向かった措置だった。それ以降、ビル・クリントン政府時代である94年2月、米国は禁輸措置を解除した。翌年、ベトナムと米国は国交を正常化した。

2017年ベトナムの1人当たり国民所得は2343ドル(約26万円)で、北朝鮮(約1200ドル)の2倍を上回った。米国と戦争を行ったベトナムも「先措置」で米国と信頼を積んだ。北朝鮮が米国の「敵対視政策」を撤回したければ、ベトナムを見る必要がある。どこが道なのかはハノイのスカイラインに答えがある。

イ・ユジョン/国際外交安保チーム記者

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