67年に鉱山に閉じ込められ16日後に救助された韓国人、チリ鉱夫に助言

67年に鉱山に閉じ込められ16日後に救助された韓国人、チリ鉱夫に助言

2010年10月14日12時44分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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ヤン・チャンソンさん。本名はキム・チャンソンだったが入営通知書にヤンさんと書かれてからそのまま使っているという。
  



  1967年、忠南靑陽郡斜陽面(チュンナム・チョンヤングン・サヤンミョン、現南陽面)クボン鉱山で埋没事故が発生し、鉱夫1人が坑道に閉じこめられた。この鉱夫は16日ぶりに奇跡的に救助された。

  奇跡の主人公はヤン・チャンソンさん(79、忠南扶余郡扶余邑)。ヤンさんは40年前のことを鮮明に覚えていた。「地上から下ろしてくれた綱をつけた板に乗って狭い穴を通じてかろうじて救われた」と話した。

  事故が起こったのはその年8月22日午前8時。クボン鉱山の排水部分から坑道の水を汲み出す作業をしていた彼は、建物50階の高さである地下125メートルの坑道に身動きできない状態で閉じこめられた。坑道の中を支える坑木が古く、腐って崩れ落ちたからだ。軍にいたとき、海兵隊で通信業務を担当した彼は、壊れた軍用電話機を利用、坑道の外と辛うじて連絡した。

  夏だったが坑道の中は摂氏15度以下だった。「坑道が崩れて暗黒天地となり、寒さで全身が震えたが、冷静でいようと努力した」と述べた。ヤンさんは天井から落ちる水でのどを潤しながら堪えた。たくさん飲むと、体内の塩度が低下されると思い、1日にコップ1杯だけ飲んだという。「何も食べることができず、3日間は体もつらかったが、その後は特に感じなかった」と述べた。彼は力が抜けたら横になり、眠る生活を繰り返した。

  ヤンさんとの電話連絡に成功し「生存」が外に知られ、救助作業が始まった。政府当局が直接立ちあがった。米国の専門家たちも救助作業に参加した。事故当時175センチ、62キロだった彼の体は救出瞬間45キロにすぎなかった。しかしヤンさんは「地の上に出るとき、歩くこともできた」と言った。また「朝鮮戦争の中で戦闘をしながら1週間以上の飢えた経験が生還に大きく助けになった」と語った。

  ヤンさんは「今も毎年事故にあった時期になると手足が痛んで元気がない」と打ち明けた。「救出されたチリ鉱夫たちも趣味生活など好きなことに没頭すれば事故悪夢を早く忘れることができる」と助言した。

  


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