주요 기사 바로가기

【中央時評】君たちに貧困と戦争が分かるか=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.09.10 13:16
0
20歳の青年社長は30巻の『少年少女世界名作全集』を出版した。本よりもご飯が大事な時期に、これは大変な冒険だった。彼は無一文になり、ばく大な借金を背負った。借金を返せという督促に苦しめられ、彼は自殺を決意した。薬局を回りながら睡眠剤を集めて東大門(トンデムン)野球場そばの77旅館に入った。

錠剤の薬を握りしめて口に放り込もうとすると、誰かが部屋のドアを激しくたたいた。驚いてドアを開けると旅館の主人だった。主人はジョンイルの怪しい様子に気づいて見守っていたのだ。そのおばさんは朝鮮戦争の時に咸鏡道(ハムギョンド)から子供たちを連れて越えてきたという。おばさんは叱り飛ばした。「なぜ旅館の名前が77なのか知っているのか。女中奉公・餅屋、食堂の雑用など、していない仕事はなかった。77回番挑戦して建てたのがまさにこの旅館だということだ。ところが若い奴はちょっと大変だからといって薬を飲むのか。なんてダメな奴」。

 
貧困・戦争・自殺を乗り越えてコ・ジョンイルは出版界の巨木としてそびえ立った。東西文化社が出版した5000種余りは韓国人に知識と教養、そして勇気を与えた。それでもコ・ジョンイルの旅程は終わらなかった。まるで遺言のように出したのが朴正熙の大河小説だ。

「貧困・戦争・自殺を体験しながら私は底辺を生きてきました。その世の中は、ボロを着てすさまじくみじめでした。ところが、いつの間にか変わりました。貧困から抜け出すと、しっかりした国家に成長しましたよ。一緒に私の出版人生も大きくなっていきました。五十の坂にさしかかり、私は成長の秘密を探しに出ました。その結論は、朴正熙でした」。

朴正熙を発見したのは彼にとっての大変な反転だ。「1970年代の私は、とてもひどい朴正熙の反対派でした。『独裁』だけを見ていたのでしょう。歳月が流れると、違うものが見えたのです。朴正熙にとって独裁はただの手段でした。恐ろしい統治力で国を良く暮らせるようにする愛国の独裁だったんですよ。民主化を叫んだ後任大統領と比べながら私はより一層確信を持ちました」。巻ごとにコ・ジョンイルは、エルビン・トフラーのような世界的な学者の朴正熙評価を付けておいた。自身の考えが世界の考えだということを見せようとしたのだ。

朴正熙に対する評価は人によって違うこともある。だが明らかなことは、コ・ジョンイルのように朴正熙に立ち向かわなくては大韓民国を正しく知ることができないということだ。そのような意味で、息子・娘に朴正熙の本は良いプレゼントになるだろう。チョ・カプジェが書いた朴正熙伝記(13巻)、アン・ビョンフンが編集した朴正熙写真集もある。今年の秋、若者たちを革命家に会わせてみてはどうだろうか。

キム・ジン論説委員・政治専門記者


【中央時評】君たちに貧困と戦争が分かるか=韓醍(1)

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0
    TOP