日本の自尊心、小惑星探査船「はやぶさ」(1)

日本の自尊心、小惑星探査船「はやぶさ」(1)

2011年06月14日15時14分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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日本の宇宙探査船「はやぶさ」。
  2010年6月13日、日本の宇宙探査船「はやぶさ」が打ち上げから7年ぶりに地球に帰還した。 日本メディアは「不死身はやぶさ」として連日トップニュースで報道し、日本全体がお祭りムードに包まれた。 感動的なドラマだとして涙を流す人たちもいた。 日本国立科学博物館は100日間、「空と宇宙展--飛べ!100年の夢--」特別展示会を開いた。

  なぜ「はやぶさ」に熱狂したのか。 「はやぶさ」は日本宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した重量510キロの小惑星探査船。 人々が熱狂した理由は大きく3つある。

  まず「はやぶさ」は宇宙探険史に新しい里程標を立てた。 初めて地球から3億キロ離れた小惑星「イトカワ」に着陸し、岩石微粒子1500個を採取して地球に帰ってきた。 期間は7年もかかった。 飛行距離は60億キロにもなる。 地球から太陽までの距離の40倍にもなる。

  そうだとしてもそれほど感動的なことなのか。 そうだ。 「はやぶさ」が経験した劇的な探査過程のためだ。 「はやぶさ」は地球を離れてから2年4カ月後に小惑星イトカワに到着した。 しかし予想しなかったさまざまなトラブルが発生した。 姿勢制御装置が故障し、アンテナが地球の方向に向かず通信が途絶え、燃料漏れ、バッテリー放電、行方不明、軌道離脱、エンジン故障など数多くの試練を迎えて人々を心配させた。

  しかしその都度、忍耐と根気、奇抜なアイデアと技術で危機を乗り越え、一つのドラマが演出された。 そしてついに満身瘡痍になった体で任務を遂行し、不死鳥のように生きて地球に帰ってきた。 ボクシング映画「ロッキー」やアクション映画「ダイハード」のように。

  最後にサンプルが入ったカプセルをオーストラリアの砂漠に落とし、「はやぶさ」は大気圏に入って燃え尽きた。 その姿はたとえ機械とはいえ、感動を与えるのに十分だった。

  「はやぶさ」の本来の名前は「MUSES-C(Mu Space Engineering Spacecraft C」だった。 しかし打ち上げの305秒後、惑星の軌道に入ると、JAXAは名前を「はやぶさ」に変えた。 なぜか。

  「はやぶさ」はタカだ。 ハヤブサはタカの中でも速度が最も速い。 時速300キロまで出る。 日本人にとってハヤブサは速度の象徴だ。 韓国空軍の象徴がタカであるように、ハヤブサは日本航空自衛隊の象徴だ。 第2次世界大戦に参加した日本戦闘機の名前も「隼」だった。

日本の自尊心、小惑星探査船「はやぶさ」(2)
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