「耳が不自由でも語学はできる」日本を感動させた韓国女性(1)

「耳が不自由でも語学はできる」日本を感動させた韓国女性(1)

2011年06月14日11時54分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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最近日本で出版された「耳の聞こえない私が4カ国語しゃべれる理由」の著者、金修琳(キム・スリム)さん。
  国際的な金融会社で法務担当審議官として勤める30代後半の女性。4カ国語を駆使する彼女が誠実な夫とかわいい娘と生きていく話を本に書いたとすれば、「優秀な人の自慢」程度と見なされるだろう。しかし、最近日本で出版された「耳の聞こえない私が4カ国語しゃべれる理由」を読んでみれば状況は変わる。

  著者の金修琳(キム・スリム、39)さんは両親が離婚し4歳の時に捨てられた。6歳で聴力を失った。12歳になり日本で飲み屋をやる母親と住むことになったが、聞くことも話すこともできない彼女が生存のためにもがいた姿が本につづられている。本は出版1カ月で3刷を刊行するほど日本社会に静かな感動を広げている。

  12日に東京・六本木にあるクレディスイスの会議室で会ったキムさんは、「アンニョンハセヨ」ときれいな韓国語であいさつしてきた。右耳はまったく聞こえない状態。左耳は補聴器を使って車のクラクションがやっと聞こえる程度だ。キムさんは記者の唇を読んで対話をした。「本当に4カ国語をできるのだろうか」インタビューの途中に韓国語と英語で質問をしてみた。すると驚くことにそれぞれの言語で返事が返ってきた。

  ――どのように4カ国語を駆使できるようになったのか。

  「韓国語は幼いときから、日本語は母がいる日本に来て生きるために身につけた。英語とスペイン語は障害者の私が堂々とした社会人になるために習った。

  ――幼い時に多くの苦労をしたが。

  「2歳の時に両親が離婚し、4歳の時に父が全羅道(チョンラド)にいる遠い親戚の家に私を預けた。9カ月ぶりに現れた母は私を祖母に任せて日本に行った。熱が出ても病院に行けなかったが、それで聴力を失ったという。人が話す時に口の動きを読み始めたのはその時からだ。小学6年生の時に千葉県で飲み屋をやる母とともに過ごした。お店の常連の家に4年間住み込みながら学校に通い日本語も習った。成績は最低だった。その上太っていて不細工な韓国人の女の子はいつもいじめの対象だった」

「耳が不自由でも語学はできる」日本を感動させた韓国女性(2)
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