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【コラム】文在寅大統領、コール元独首相から学べよ(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.02.19 14:23
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振り返ってみると、ドイツの統一は不可能に近かった。四方にドイツの統一に反対する国々だった。いずれも統一ドイツを警戒した。 

マーガレット・サッチャー当時英国首相は「我々はドイツを2回勝った。これから彼らが戻ってくる」と直接的に反対した。フランソワ・ミッテラン元仏大統領はユーロ貨幣を受け入れるよう圧力をかけた。欧州統合が名分だったが、ドイツの力を抜くためでもあった。何より旧ソ連が問題だった。東ドイツの土地には50万人のソ連軍が駐留しており、東ドイツは米国主導の北大西洋条約機構(NATO)に対抗して旧ソ連が作ったワルシャワ条約機構の核心だった。ヘルムート・コール元独首相は難関を突破しなければならなかった。彼の武器は各国の首脳との信頼だった。彼は統一されたドイツが欧州にとって危険でなく、利益になると絶えず説得した。ドイツの自負心だったマルク貨幣の代わりにユーロ貨幣の導入を約束してミッテランの疑問を払拭した。

 
旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領は2億2000万マルク相当の食糧援助と50億マルクの借款でひきつけた。当時、一生一代の改革であるペレストロイカを推進していたゴルバチョフにとってはの経済援助が切実だった。しかし、より重要だったのはコールがゴルバチョフと結んだ信頼関係だった。コールはミッテランと力を合わせて旧ソ連に対する経済支援を迷っていた米国大統領のジョージ・H・W・ブッシュを説得した。コールに最大の友軍はブッシュ大統領だった。米国は統一ドイツがNATOに残留しなければならないという点を最初から明らかにし、コールは受け入れた。

そしてゴルバチョフとの交渉でその点を貫いた。

ドイツが統一される前の10カ月間、コールは東奔西走した。ブッシュに8回、ミッテランに10回、ゴルバチョフに4回会った。信頼はその結果だった。


【コラム】文在寅大統領、コール元独首相から学べよ(2)

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