【コラム】金大中-小渕宣言20年…韓日は複眼的な見方を

【コラム】金大中-小渕宣言20年…韓日は複眼的な見方を

2018年09月05日09時05分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  韓日現代史で1998年は特別だ。当時、金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相の「韓日パートナーシップ共同宣言」は両国間の新時代を開いた。宣言は全面的な交流・協力の典章だ。政治・経済・安保・文化が網羅された。共に採択した43件の行動計画には開発途上国援助分野の協力も含まれた。現在の韓日関係からは想像しにくいことだ。宣言は両国国交正常化の「65年体制」の欠陥を補完した。日本首相の過去の反省と謝罪に初めて言及した。韓国が65年体制で貫徹できなかった部分だ。宣言は戦後の国際社会の平和と繁栄のための日本の役割を評価した。2つは未来志向の行動計画の土台になった。当時の金鍾泌(キム・ジョンピル)首相と小渕首相が出席した閣僚懇談会は韓日蜜月関係を象徴した。

  金大中政権にとって韓日関係の改善は北東アジア冷戦解体構想の一環だった。対日歴史和解を南北交流・協力と東アジア共同体ビジョンにつないだ。2002年の日朝平壌(ピョンヤン)宣言も視野を広げると北東アジア和解気流の産物だ。金大中政権は世論に振り回されることなくリードした。抵抗が少なくない日本大衆文化を開放した。対日関係を通貨危機克服にも活用した。共同宣言は小渕首相とも切り離せない。小渕首相は自民党田中派の最後の首相だ。田中派(竹下派→小渕派)が自民党を牛耳ったのは70年代以来だった。日米同盟と近隣外交を対外戦略の2本の柱とした。小渕首相が描いた国家像は富国有徳だった。小渕首相の諮問機関は隣交と開かれた国益を主張した。金大中-小渕時代は韓日関連史で特記に値する。

  それ以降、韓日関係はふらついた。領土・歴史問題が足かせとなった。両事案は韓日関係の部分ではなく全体になった。韓国政治は世論に屈服し、時には利用した。市民団体の影響は強まり、過去の問題の聖域が生じた。さらに司法が外交の領域に介入した。国家の連続性・一体性を度外視する判決も出てきた。

  日本も変わった。自民党政権は日米同盟優先の福田派(森派→細田派)に渡った。福田康夫首相を除いてアジアは後回しにされた。社会の底流も右側に傾いた。バブル崩壊、長期低成長、日中GDPの逆転で富国有徳は過去の言葉になった。戦後世代の歴史負債意識も薄かった。

  その間、世界も、周辺も変わった。米国のグローバル地位が縮小し、中国が急浮上した。中国の一帯一路に対抗した米国のインド太平洋戦略、貿易戦争は覇権争いだ。北朝鮮は事実上、核保有国になり、非核化マラソンゲームに入った。さらに同盟国の米国のトランプ大統領は予測不可能だ。韓日は程度の差はあるが、こうした環境に挟まれている。韓日は伝統的な韓日米3角連帯と韓日中協力体の積集合でもある。自由・民主・法治の価値も共有する。ともに貿易立国だ。内部的には少子高齢化、地方消滅の課題を抱えている。両国は内外で共通の挑戦に直面するが、接着力は弱い。お互いを見る目の高さが違う。韓国は主に対北朝鮮構想と歴史の延長線上で日本を眺める。日本は勢力均衡の観点で韓国を見る。

  来月、金大中-小渕宣言が20年を迎える。現在、文在寅(ムン・ジェイン)政権の対日政策は不明瞭だ。一歩は過去に、一歩は未来に向かっている。政策の優先順位も低いようだ。政界で宣言の精神を継承しようという声は多いが、むなしく響いている理由だ。安倍晋三内閣は大国外交の傾向が強い。中国との関係改善に拍車を加えている。開発途上国での日中インフラ共同開発が可視圏にある。韓日共同宣言の精神が日中間で具現されるのはアイロニーだ。新しい韓日関係は交流拡大の機能主義的な接近には十分でない。戦略環境の変化を反映した新しい青写真を用意しなければいけない。金大中-小渕宣言は両国に共生の複眼を要求している。

  オ・ヨンファン/軍事安保研究所副所長/論説委員
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