【時論】疑問が続く文在寅氏の「対北協議」説=韓国(1)

【時論】疑問が続く文在寅氏の「対北協議」説=韓国(1)

2016年10月18日15時38分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  2007年の秋は南北関係が熱かった。異常過熱だった。ソウル・平壌(ピョンヤン)間のホットラインが朝・夕と稼働した。夏から隠密に推進された南北首脳会談は結局、10・4宣言を引き出した。野党だったハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)大統領選挙候補は大統領選挙を目の前にして首脳会談を開催するのは無理があるとして中断を要求した。大統領選挙が2カ月後に迫った状況で首脳会談の開催が妥当だったかどうかは立場によって評価が異なるだろう。ただ、会談を主導した廬武鉉(ノ・ムヒョン)政権の関係者は南北関係に最大限の速度を出し、次期大統領が後戻りできないところまでのせようとした。後任の社長が会社に手をつけられないように前任の社長が大きな釘を打ち込む格好だった。その結果、2006年10月に北朝鮮が最初の核実験を強行してから1年後に出てきた10・4宣言は、核に関して一文字も入れることができなかった。北朝鮮の最初の核実験は、その後4回の核実験を経て北朝鮮を核兵器保有国に仲間入りさせる序幕となったが、2007年は南北関係の黄金期(?)だったためか政府は関心がなかった。むしろ15兆ウォン近い予算が投入される南北経済協力合意で次期政権が北朝鮮から圧力を受けるきっかけを提供した。

  最近出版された宋旻淳(ソン・ミンスン)元外交通商部長官の回顧録は、廬武鉉政権の対北朝鮮政策決定過程を初めて詳細に記録したという点で史料的な価値が高い。野党の一部は「宋氏は高齢(68歳)のため10年前の記憶があいまい」と蔑むが、これは妥当でない。ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は2011年に回顧録『キッシンジャー回想録 中国』(On China)を出した。71年7月にホワイトハウス国家安保補佐官だった自身の極秘北京訪問で米中国交正常化が実現した歴史を40年ぶりに回顧した。しかしキッシンジャー氏が本を出した当時が高齢(88歳)だという理由で回顧録を蔑む人はいなかった。むしろ後輩の学者らは生きた外交レジェンドの経験談を耽読し、歴史の教訓を吟味した。

  2007年11月に廬武鉉政権が国連の北朝鮮人権決議案を棄権する過程で「南北経路を通じて北側の意見を確認しようという結論を出した」という宋氏の回顧は3つの点で衝撃的だ。まず、当時の政府が北朝鮮の人権をめぐり国連・米国より北朝鮮にオールインしたという点だ。当時は南北首脳会談に続いて南北首相会談(11月14-16日)をソウルで開くほど政府が北朝鮮と最高の相性を誇示した時期だ。国際的な協調には最初から関心がなかったはずだ。その結果、韓国は同年11月21日の国連総会で賛成97、反対23、棄権60で通過した北朝鮮人権決議案で棄権した。国際社会の人道主義的な流れで当事者が離脱したのだ。

  2つ目の衝撃は、北朝鮮の人権問題に対する政府の無関心が露骨に表出した点だ。宋氏は「(盧武鉉)政府は4年間、北人権決議案に対して不参加-棄権-賛成-棄権というジグザグな歩みを見せた」と書いた。決議案に賛成すれば南北関係に冷水を浴びせるという論理で人権問題に目を閉じたのだ。

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