【コラム】私たちはもっと居心地が悪くなるべきだ=韓国

【コラム】私たちはもっと居心地が悪くなるべきだ=韓国

2016年10月18日14時07分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  中年男性が集まった席で世の中はますます居心地が悪くなったという話が出た。どの職場でも女性がますます鋭敏になり、悪気なく発した言葉にも反発するという。この席で私はいくつか例をあげて適切かどうか意見を聞いてみた。「お花畑にいらっしゃいますね(=女性が職場に多い)、部長さん。お幸せですね」。概ねぎこちなく笑いながら不適切かもしれないという反応だった。「秋夕(チュソク、中秋)の時、婚家は行かれましたか?」。不適切だという反応もあり、慣習だから何気なくする挨拶の言葉なのにどうしてだという反応もあった。女性に「名節」「婚家」がその慣習上何を意味するかを知っていれば「何気なく」尋ねることができのるかは疑問だ。「結婚がこれ以上遅れると高齢出産になるから危ないよ」。心配して発する善意の言葉ではないかとの抗弁があった。それを本人は知らないとでもいうのか、余計なおせっかいだ、善意でも聞きたくない言葉ではないかとの反論も出てきた。結婚も出産も個人の選択である以上、当然の義務ではないという言葉、私生活に介入するのは失礼だという言葉は待っても出てこなかった。

  「お美しいですね」という言葉に対して最も反発が大きかった。「事実を述べたものだが間違いなのか」「私はハンサムだと言われたらうれしく思うが」(仮定法なところが悲しい)、「その程度のことも言えないなんて世知辛くてやっていられない」、「カン・ドンウォンやヒョンビンがそういうことを言えば大丈夫なのにおっさんが言えば非難されるのか」(それを知りながらなぜそういうことを言うのだろうか)等々。言われた本人はいざ知れず、周囲の女性が聞いたら不快になるだろうという反論があった。仲間として一緒に仕事をしている間柄なのに異性として魅力を評価されているようで不快になるという言葉までは出てこなかった。

  これよりはるかにひどい言葉も酒の席ですることもあるのではないか、酔っぱらった状態での失言まで問題にする風潮はひどすぎるという人もいた。反問した。ところでいくら酔っても上司や目上の人にそういったことは言わないのではないか。その泥酔状態は絶妙にも一方向だけに通用するとはなんと不思議なことだろう。答えがなかった。片方はもともと厳しい関係で、もう片方は自由で気楽な関係だったが、こちら側まで具合が悪くなるのが嫌だという話だったようだ。だが、片方だけが気楽な関係よりは互いに不快な関係のほうがよい。社会風潮がこのまま進めば怖くて異性に話かけることすらできず独身が増えるかもしれないという愚痴が出てきた。そうだろうか。米国や欧州の男性が怖くて異性に接近できないという言葉は聞けなさそうだった。ルールが共有されればその中で新しい自由ができる。地面に線を引いて境界を決めたから野球というゲームが可能になる。上手な選手は線を守りながら自由自在に進塁する。境界が不便なのではない。境界イコール皆のための自由だ。

  ムン・ユソク部長判事・『個人主義者宣言』著者
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