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【グローバルアイ】日本の長嶋茂雄と韓国の崔東源

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.05.18 12:39
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背番号96のユニフォームを着て憲法96条改正をアピールした安倍晋三首相の政治ショーさえ除けば、かなり感動的だった。子どもの日の5日、読売ジャイアンツのホーム球場、東京ドームで行われた国民栄誉賞授与式のことだ。

国民栄誉賞とは、文化・体育分野で大きな功績を残した国民的英雄に日本首相が授与する賞だ。今回は日本が愛する国民打者2人が主人公だった。日米両国で本塁打打者として名声を得た松井秀喜(39)、松井の師でジャイアンツの9年連続(1965-73年)優勝に寄与した“ミスター野球”長嶋茂雄(77)だ。

 
シーズン最多観客の4万6707人が集まり、読売系列の地上波テレビで生中継された。公式引退式を兼ねた松井がより大きなスポットライトを受けたが、オールドファンの郷愁を誘った長嶋のヒューマンストーリーの方が感動は大きかった。

打率3割5厘、444本塁打、1522打点という通算記録より、長嶋はよりドラマチックな野球人生を生きた。1959年に天皇が観戦する阪神戦で放ったサヨナラ本塁打は、「自分の人生で最も素晴らしい場面」という本人の言葉通りだ。投手が敬遠しようとすると、バットを持たず打席に入った熱い性格も、日本ファンには驚異の対象だった。

しかし80歳が近づいた長嶋の姿は以前とは違った。9年前の脳梗塞の後遺症で歩行も不自由で、右手はポケットの外に出てこなかった。しかし日本国民は強い意志でまた立ち上がった長嶋に喝采を送った。脳梗塞の直後「杖なしに歩くのは難しい」という判定を受けたが、彼の手に杖はなかった。「リハビリは裏切らない」と言いながら他の人たちよりも汗を流し、結局、東京ドームに錦を飾った。

この日、左手だけでバットを握った長嶋は愛弟子の松井が投げた高いボールに空振りをした。病院の職員のトスボールを片手で打つ練習を繰り返してきた彼としては残念な結果だった。しかし野球ファンは長嶋のこういう姿に感動の涙を流した。

昨年末、松井の引退発表直後、安倍首相は国民栄誉賞授与を検討するよう参謀に指示した。しかし「松井の師の長嶋にも賞を授与すべき」というファンの主張が首相官邸に殺到した。特に「長嶋が生きている時に賞を授与しなければならない」という声が安倍首相を動かした。

日本の祝祭を見ながら、2011年に53歳の年齢で私たちのそばを離れた故崔東源(チェ・ドンウォン)選手を思い出した。「常に真剣勝負」という長嶋の勝負観は、「私のボールを打ってみろ」としてタンクのように勝負した崔東源と似ている。しかしがんと孤独とたたかった崔東源はいかなる喝采も受けずに去った。一歩遅れて永久欠番式が行われ、あたふたと銅像の設置が進められている。まだ生きている私たちのレジェンドたちは、崔東源の孤独な道ではなく、長嶋が踏んだ喝采の道をたどってほしい。

ソ・スンウク東京特派員

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