中国ステルス戦闘機「殲20」は胡錦濤主席の執念

中国ステルス戦闘機「殲20」は胡錦濤主席の執念

2011年01月18日12時40分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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中国初のステルス戦闘機「殲20」。師昌緒博士は「殲20」のエンジン胴体開発に寄与した。
  



  中国初のステルス戦闘機「殲20」のエンジンの胴体を独自の技術で生産するのに寄与した功労で師昌緒博士(91)が国家最高科学技術賞を受賞したと、中国青年報が17日報じた。国家最高科学技術賞は胡錦濤国家主席が授与する最高権威の科学技術賞。軍事部門で浮上している中国が軍の現代化に寄与した元老科学者に最高の礼遇をしたのだ。胡主席は普段からステルス戦闘機確保戦の成敗は人材の確保にかかっていると明らかにしていた。

  中国科学院の院士(科学技術分野の最高栄誉称号)である師博士は「殲20」をはじめ、中国が開発したジェット機のエンジンに使用される特殊合金の開発を主導してきた。師博士が開発した合金材料は耐熱機能が優れ、超音速で飛行するジェット機の適合性評価を通過した。

  抗日戦争中だった1940年代、西安の西北工学院を卒業した師博士は、国共内戦の砲煙がまだ消えない48年に米国に渡り、材料工学を勉強した。韓国戦争(1950-53)中に中国が韓半島に派兵し、米国・韓国に対抗すると、米政府は先端技術の流出防止を理由に51年9月、師博士ら自国で活動中だった中国人科学頭脳35人の出国を禁止した。

  師博士は3年間、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で補助研究員生活を送りながら、帰国する方法を探った。インド経由で帰国しようとベンガル工科大の研究員の席を調べたが、失敗に終わった。

  中国の揚子晩報によると、師博士と他の科学者らは帰国の道がふさがれると、当時のアイゼンハワー米大統領に手紙を送り、帰国を訴えた。米議会と外交関連機関に200通余りの要請文を送ったりもした。結局、55年の米中協議で師博士ら出国が禁止された35人に40人を追加した75人の中国科学頭脳が帰国の途に就くことができた。

  当時、師博士の指導教授は「なぜ険しい道へ行こうとするのか。収入も少なく研究環境もよくないはずなのに」と残留を勧めたと、新京報は伝えた。師博士は断固としてこう答えた。「私は中国人です。祖国が人材不足で困っているのを放っておけません」。

  就任翌年の03年に人材確保を国家課題に掲げた胡主席は、08年1月から千人計画に基づき、海外のスター科学者ら高級人材1000人を迎えるプロジェクトを実施している。今後10年間、中国の発展に必要な科学・技術・金融などの分野で最優秀頭脳1000人を確保するという戦略だ。

  これを受け、世界的な生物学者の施一公博士は米ハワード・ヒューズ医学研究所が提案した100万ドルの研究支援費を拒否して帰国、清華大生命科学院の院長を務めている。数学分野の最高権威であるフィールズ賞受賞者の丘成桐ハーバード大教授は09年、精華大数学科学センターの主任として招聘された。

  誘致頭脳には定着補助金100万元(約1200万円)を支援し、外国で受けていた給与も保証した。住宅・医療・教育だけでなく、配偶者の就職まで約束するなどインセンティブは12種類にのぼる。

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