【時視各角】蕩児と警察=韓国

【時視各角】蕩児と警察=韓国

2018年02月17日13時39分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  小学4年の娘・息子の双子がいる知人は最近驚くことがあったと話した。子どもが2人とも統一に反対しているということだった。「お父さんが小学生の頃は『我らの願いは統一』という歌を歌った」と話したところ、「どうして願いごとを統一のようなものに使うのか。もったいない。自分の願いは自分のために使いたい」と話したという。統一に反対する理由はこうだ。「水泳もできないのに溺れている人を救おうと飛び込めばみんな死んでしまう。ライフジャケットを投げたり119に通報するのがいい」。そしてこう語った。「英国・米国・豪州は同じ民族だったが、宗教や社会問題で分離して新しい国を作ったし、今は3カ国ともに生活水準が高い国になった。同じ民族で同じ言語を使うからといって必ず一つの国として生きていかなければいけないという考えは世界的に時代遅れ」。

  知人も同じ考えだが、極度の個人主義と現実主義、少し行き過ぎたコスモポリタニズムとして済ませることではない。明らかに感傷におぼれた大人よりも大人っぽい現実認識が込められた言葉だ。統一すればよいが、果たして我々はそれを受け入れる準備ができているのだろうか。これはこの双子だけの考えではない。この国の多くの10代、20代の若者は同じ考えを隠さない。

  こうした雰囲気を知っているのか知らないのか、やや突然だった北朝鮮からの客は韓国滞在日程でずっと民族と統一を叫んでいる。今でもなぜ韓国公演をしたのか理解できない北朝鮮の楽団は統一を歌い、首を痛めた患者のように顔を終始上向きにしていた金与正(キム・ヨジョン)氏は文在寅(ムン・ジェイン)大統領に「統一の新たな幕を開く主役になってほしい」という破格的なあいさつを残して行った。北朝鮮応援団も「わが民族同士」を絶えず叫ぶが、なぜか感情が伴っていない印象を与える。

  それだけ時代が変わり、世の中も変わり、何よりも人々が変わったということだ。「国ポン」(国家+ヒロポン、盲目的な愛国者)に嫌気が差している世代にとって「南北単一チーム」は感動よりも不公正であり、防弾少年団が世界的に注目される中で北朝鮮の人が韓国歌謡を歌ったところで「過去の歌」にすぎない。「最側近特使」金与正氏が斬新なことをしたとはいえ、昨日まで「火の海」を叫んで今日になって民族と統一を話しても誠意を感じるはずがない。家出をしたろくでなしの息子が大きな借金を抱えて帰ってきて「家族の重要性」を叫ぶのと何が違うのか。こうした感情は10代、20代だけでなく50代の中年にまで広範囲に広がっている。平和攻勢の背後に常にあった多くの挑発を見てきた学習効果だ。

  にもかかわらず韓国政府が浮き立ってまずい行動しないか心配だ。公演当日にソヒョンに出演を要請し、北朝鮮の歌手と「我らの願い」を歌わせた青瓦台(チョンワデ、大統領府)であるだけになおさら心配だ。国連の対北朝鮮制裁の効果が出ていて、米国の強硬姿勢を北朝鮮が意識しているのがはっきりと見える今、また韓国政府が北朝鮮に脱出口を開くという愚かなことをしないか不安だ。

  そうなれば韓米同盟は終わってしまう。米国の理解と協調がない南北首脳会談は最上の結果が一過性イベントだ。その後の深刻な同盟の亀裂は避けられない。文大統領が北朝鮮訪問の提案に「状況を整えて…」という条件を付けて北朝鮮に米国との対話を促したのも、こうした点を認識してのことだろう。しかしTHAAD(高高度防衛ミサイル)事態でもそうだったように文大統領の態度が一貫しないのが問題だ。それだけに李元鐘(イ・ウォンジョン)元青瓦台政務首席秘書官の言葉にはぞっとする。「米国と『卒婚』手続きを踏んでいるようだ」。今は戻ってきた蕩児よりも彼を家へ帰らせてくれる警察を信頼する時だ。

  イ・フンボン/論説委員
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