「韓日国民の不信感解消がカギ、日本政府は韓国市民団体と対話を」(1)

「韓日国民の不信感解消がカギ、日本政府は韓国市民団体と対話を」(1)

2017年01月16日11時21分
[ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]
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  慰安婦少女像問題が韓国・日本の外交戦に飛び火している。駐韓日本大使が釜山(プサン)少女像に対する抗議の表示として日本に戻った。安倍首相が海外出張から17日に帰国するが、その後に日本大使が帰任するかどうか決定される予定だ。

  尹炳世(ユン・ビョンセ)外交部長官は「領事公館前の造形物設置は望ましくない」という立場を明らかにした。しかし市民の募金などでより多くの少女像が設置される見込みだ。日本で慰安婦の実態を初めて報道した元朝日新聞記者の植村隆記者に少女像をめぐる葛藤の本質と解決方法をメールと電話で尋ねた。

  「思い出すと今も涙」。1991年8月11日付朝日新聞の社会面の記事の見出しだ。日本社会に韓国慰安婦の実態を知らせた最初の報道だった。慰安婦被害者の故金学順(キム・ハクスン)さんの証言が入ったこの記事を書いた植村隆元朝日新聞記者(58)は殺人予告を含む脅迫の手紙を数回受け、さらに娘までが「どこにいようと必ず探し出して殺す」という脅迫の手紙を受けた。「捏造記者」という声も聞いた。植村氏は昨年、『私は捏造記者ではない』と題した手記を出し、法廷闘争をしている。2014年に新聞社を早期退職した植村氏は昨年3月から韓国カトリック大で招聘教授として講義している。「東アジアの平和と文化」が植村氏が担当している講義のテーマだ。1982年に朝日新聞に入社し、大阪本社社会部を経てソウル特派員などを務めた。外報部次長、中国総局だった植村氏は東アジア地域の専門家だ。冬休みを迎えて札幌の自宅にいる植村氏は「日本と韓国の政府が合意の前にまず慰安婦被害者の意見から聞かなかったのが問題の発端」と評価した。

  --ソウルに続いて釜山少女像が韓日関係の大きな問題になっている。

  「私が慰安婦問題を初めて取材した27年前には韓国も慰安婦問題に関心を見せていなかった。少女像は記憶を継承しようとする運動が韓国内に定着した傍証だと考える。問題は日本だ。私は日本人の胸中に少女像を作らなければいけないと考える」

  --安倍首相と日本政府が少女像に特に敏感に反応する理由は何か。

  「少女像は2015年に締結された日韓慰安婦合意に対する韓国国民の反感を象徴していると考える。日本政府は慰安婦問題が『最終的かつ不可逆的に解決された』という立場だ。釜山総領事館前の少女像設置はこうした合意の精神に背くと判断しているようだ。しかしこの論理は間違っている。少女像は韓国政府が設置したのではなく、市民が自発的に設置したものであるからだ。合意文には、韓国政府は(少女像を)撤去するとなっていない」

  --日本で現代史教育が十分に行われず、若者が植民地の歴史を正しく知ることができないという指摘もあるが。

  「ある程度は同意する。しかし韓半島(朝鮮半島)を(日本が)植民地にしたという事実は中学校でも教えている。ただ、その時代にどんな問題が起きたかは具体的に教えていない。特に慰安婦問題がそうだ。1997年、すべての出版社の中学歴史教科書に慰安婦問題が記述された。ところが90年代後半からこの問題を否定する歴史修正主義者らが教科書から慰安婦の記述を削除する運動を行った。安倍首相はその運動体の一つの『日本の前途と歴史教育を考える議員の会』事務局長だった。いま慰安婦を扱っている教科書は一つだけだ」

  --韓国政界では『10億円を返そう』という動きもある。安倍首相が謝罪をする可能性はないのか。

  「安倍首相は『(謝罪の手紙は)全く考えていない』と述べた。直接謝罪する可能性は極めて低い。現在の状況ではさらに難しいだろう。慰安婦合意当時に韓国が要求した謝罪の手紙を拒否したのが最も残念だった。日韓合意の発表文をコピーして封筒に入れ、慰安婦被害者に持っていくだけで首相の謝罪の手紙にならないだろうか。そのような誠意があったとすれば、被害者に首相の心を伝えることができたと考える。謝罪の心を実際の行動で表現しなかったため、少女像問題が繰り返されていると考える」 (中央SUNDAY第514号)

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