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【時論】北朝鮮の伝染病、苦痛減らす支援に乗り出そう(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.09.29 17:47
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しばらく「はしか戦闘」に苦しめられたが、90年には疥癬(かいせん、Scabies)という皮膚伝染病がまた荒れ狂った。病院は何度も病室ドアの取っ手消毒を強化した。

集団住居施設に「疥癬病室」が設けられて隔離措置されたが、病院に入院隔離された疥癬患者はたびたび騒動も起こした。軟こうを塗って日光浴をすることが主な治療である疥癬患者の統制管理が大変で、看護師が苦労を訴えていた。

 
疥癬患者が小康状態を見せた94年10月には、また突然コレラが同時多発的に全国で発生した。北朝鮮の住民たちはあちこちでコソコソ言っていた。「日帝時代もあったコレラが何だというのか」。「金日成(キム・イルソン)が死ぬと(94年7月8日)国がどうせ滅びるなら、いっそ早く滅びればいい」。声なき叫びがあふれ出た。

当時、保健師はコレラを社会主義国家のイメージを損なう伝染病と規定して病名を「急性下痢症」と変えて呼ぶよう公文書を送った。いわゆる「苦難の行軍」期間に食糧難で数百万人の人民が飢え死にする中でコレラまで重なり、全国が阿鼻地獄の状態だった。

95年夏には腸チフス・パラチフス・発疹チフスなどあらゆる熱病が雨後のタケノコのように猛威を振るった。党と政府は保健医療関係者をねちねちと悩ませた。道端に我を忘れて座っている通行人は皆発疹チフス患者だという嘲笑であふれた。発疹チフスを病んだ患者には、異常行動、目まい、記憶喪失症が後遺症として出ていたためだ。

大規模な飢餓が襲いながら配給体系が崩れ、市場が次第に党に代りながら性紊乱(びんらん)の風潮が広がった。この時期に性病の一種である淋病が出現して保健職員らを当惑させた。保健師は淋病もやはり社会主義国家のイメージを下げる病気だと規定してゴノ(Gonorrhea、淋病の英語名)と呼ぶように医療従事者に公文書で指示した。

2000年に入ってからも伝染病は絶えることなく続く。北朝鮮は、しょうこう熱・はしか・マラリア・性病などあらゆる伝染病の雑菌が共存する「巨大伝染病棲息地」に転落した。

暮らすことさえ大変な北朝鮮で、伝染病は生存を威嚇する時限爆弾のようなものだ。それでも北朝鮮当局は生命力をつくした「無償治療剤」の賛歌だけを歌っている。

「伝染病デパート」になった北朝鮮を思い出すと本当に胸が痛い。南と北は同じ民族で、誰もが大切な命だ。

伝染病で死にゆく北朝鮮の同胞に救援の手を差し伸べて、自由と豊かさの道へと導く努力が必要だ。北朝鮮で薬剤師として働いていた筆者としては、誰よりも大きな責任感を感じながら私たちが一緒に努力する方法を探すことを希望する。飢餓と伝染病で死んでいく北朝鮮の子供たちからでも、まず救わなければならない。

イ・ヘギョン(社)セサム代表・薬剤師脱北女性博士第2号

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