【時論】歴史教科書は多様な視角表わすべき=韓国(1)

【時論】歴史教科書は多様な視角表わすべき=韓国(1)

2015年09月14日11時44分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  韓国史の教科書を検定から国定に切り替えるという意図が徐々にあらわれている。これを見ながら数年前の教科書採択で恥をかいた教学社の教科書の執筆責任者が「国定化」を予告したことを思い出した。国定化がまるで0%採択率の教科書著者が予告したことに沿っているようで侮蔑感がよぎる。私は彼の論拠を巧言令色で恥辱的だと受け止めている。国定化は、教学社の教科書にあれほど精魂を込めていた政府が、それが失敗するとすぐにその延長線上で持ち出したことなのだろうか。政府の気の毒な事情は言うまでもなく、国民としてもそのような国定化を信頼することはできない。

  国定化の論拠はいまだにあやふやだ。昨日の反対論者が今日の賛成論者に豹変して横行しているので、どこまで正しく受け取るべきか混乱する。単一教科書で教えてこそ分断下で思想的統一を期することができ、大学入試も混乱を避けることができる。金武星(キム・ムソン)セヌリ党代表は「学界の大部分が左派」であり現行の検定教科書が「左偏向」であり「自虐史観」に立っていると叫びまくる。こうした主張は、無知な上に無責任だ。政府樹立の初期混乱が激しかったが、教科書は検認定だった。大学入試の混乱を憂慮しているが、検定下の別の科目入試もそうしたのか答えなければならない。親日・独裁の清算主張を「左派」に追い立てるのは一種の扇動だ。教科書が「左偏向」と言うのは、その教科書を検定したセヌリ政権そのものを冒とくする言葉だ。「自虐史観」も1990年代中盤に造成された日本の反省的歴史観をめぐり当時の安倍議員ら自民党極右勢力がこれを非難しながら使った言葉だ。よりによってそうした用語を借用して韓国の教科書と歴史観に唾を吐くとは!

  国定化に反対する理由は明らかだ。国定化は国定制→検認定→自由発行制に向かう世界的教科書発行の傾向に逆行する。国定制を施行する国が北朝鮮といくつかの国だけなのに、あえてその隊列に参加して政府自ら「従北」の先頭に立っているという誤解を自ら要望するのか。したがって国定化の代わりに教科書制作の自律性を許容することが、この時点で正しい方向だ。国定化は学界・教育界が反対し、公論もまた否定的だ。これに関連して、筆者は韓日歴史共同研究委員会の時に、日本側から国定制を使う韓国が検定制を使う日本の教科書を批判できるのかという指摘を受ける恥をかいた。国定化は「教育の自主性・専門性・政治的中立性」を規定した憲法精神とも合致しない。韓国社会の歴史的な想像力と批判能力、文化創造力を大きく萎縮させるだろう。批判精神と想像力を喪失した歴史教育の結果がどうなるのか分からないのか。全体主義は歴史解釈の創意性と民主性、多様性までも抹殺するのだ。

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