米国途方に暮れる「エボラ戦争」、ナイジェリアは88日で収束

米国途方に暮れる「エボラ戦争」、ナイジェリアは88日で収束

2014年10月22日10時29分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  ナイジェリアは人口は1億7400万人でアフリカ最多人口国だ。今年の国内総生産(GDP)も南アフリカ共和国を抜いてアフリカ1位になり、世界26位水準だ。しかし、それに見合ったところを示すことができていないという批判に苦しめられていた。武装反乱軍であるボコ・ハラムが女子学生200人余りを拉致し、6カ月以上も女子学生の所在地さえ把握できずにいるのが象徴的な事件だった。

  しかしエボラとの戦争では明らかに違っていた。ナイジェリアと世界保健機関(WHO)は20日(現地時間)、「ナイジェリアにはこれ以上エボラはない」と宣言した。最後の患者が発生して以来、ウイルス最大潜伏周期の2倍である42日という時間が流れたが、追加の感染者は出てこなかった。初めての感染者発生以後88日ぶりの快挙だ。近隣のリベリア・シエラレオネ・ギニアは猛威をふるうエボラのせいで国家が危機状態に陥り、西欧強国である米国・スペインは「fearbola(恐怖のエボラ)」という現象が現れるほど途方に暮れる状況ということでこの成果は際立っている。WHOは「エボラも撲滅可能なことを見せた成功ストーリー」と“称賛”した。

  事実、7月20日の国際会議出席の際、リベリア財務部官僚パトリック・ソイヤー氏がナイジェリア最大都市のラゴスに入国する時は最悪の状況が展開する可能性があった。飛行機の中ですでに発熱・嘔吐症状を示していたソイヤー氏はエボラで亡くなった親戚の葬式に行ってきたという事実を隠していた。このために医療スタッフはしばらくマラリアと考えて治療をしていた。

  結局エボラと確診するまでに3日かかった。ソイヤー氏はその2日後に亡くなった。その間、空港から病院に彼を後送した車両の運転手も彼の治療に参加した医療スタッフ9人中4人もエボラの犠牲者になった。

  万一、エボラが2100万人が住むラゴスに広がっていたなら、災難は火を見るより明らかだった。ジェフリー・ホーキンス駐ナイジェリア米国領事は「世界の人々としてはエボラとラゴスが一文章にある(広がるという意味)というのを最も耳にしたくなかっただろう」(英ガーディアン紙)と述懐した。

  ナイジェリアはエボラが確診された瞬間、可能な限りの国家資源を総動員した。エボラ対処を担当する緊急対応センターを設置した。国家予算も大挙投入された。ソイヤー氏と接触した者を追跡することが始まった。150人余りが新たに接触者として明らかになった。小児麻痺撲滅の時に使った衛星利用測位システム(GPS)追跡技術も利用した。WHOはこれに対して「世界的水準の流行病探知技術」と評価した。この過程である看護師がエボラに感染したまま500キロを移動し、その過程で21人と追加接触した事実が明らかになった。最悪だったのは1次接触者が445キロ離れた原油都市ポートハコートに行ったことだった。現地で医師を感染させ、この医師を通じて526人が追加接触した。医師を治癒するとして教会で儀式を開いたのが災いだった。

  今月1日には、直接または2次接触した人が315人、3次以上の接触者は547人という事実が確定した。すでに全員隔離措置した状態だった。その過程でエボラ追跡チームが体温を測った人だけでも1万8500人余りにのぼった。誰も追跡チームから逃れられなかった。

  このような内容を、最近欧州のある専門紙に寄稿したナイジェリア研究陣は「全世界的に連結された状況でどんな国もエボラから安全でいられない。迅速な探知と強制介入だけが伝播を遮断できる」と書いた。ナイジェリアでは結果的には28人が発病し、そのうち8人が亡くなった。
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